最高の名医

「『目撃もくげき、日本の最前線さいぜんせん』。本日のゲストは名医で知られるこのかた阿多牟清十郎あたむ せいじゅうろうさんです。ようこそ、お越しいただきました。本日はよろしくお願い致します」

「よろしくお願い致します」


 簡素な扇型のテーブル席。

 司会進行を担当するコメンテーターの女性と、白衣の老人が同時に頭を下げる。


阿多牟あたむさんは御年おんとし82歳ですが、なんと現役のお医者様でいらっしゃいます。生涯現役しょうがいげんえきかかげ、病気を見抜く不思議な『神の目』を持つ医者として有名です。救った患者の数は数百人、その中には著名人、歴代総理も含まれます。阿多牟さん、ズバリ『神の目』について教えて頂けますか?」

「ええ。私の家系は代々、神職なんですね。今でいう民間療法みんかんりょうほうと言いますかねぇ」

「それをてて、現代医療げんだいいりょうの道に進まれたと?」

「捨てた訳ではありません、ええ。様々な観点から、人を救うのに最適な方法を探した結果です」

「東京に出た際、ご実家とは疎遠そえんになられたとおうかがいしましたが」

「もう六十年以上前になります。後悔は今でもしていません」

「大学時代は神童しんどうとも呼ばれたとか」


 阿多牟医師は昔を懐かしむように「変わり者だっただけですよ」とうなづいた。


「生まれ持った『神の目』、いまだに健在なのでしょうか?」

「期待されている方には申し訳ありませんが、もうほとんど見えません」

「今も少しは、見える?」

「どうでしょうねぇ。それが果たして見えてるのか、経験からくる幻影なのか」


 コメンテーターは神妙しんみょう面持おももちで、「熟練じゅくれんの腕が成せるわざですね」と相槌あいづちを打った。


「しかし、見えなくなってしまうのは残念ですね」

「そうでもありませんよ。逆に良かったかもしれません」

「というと?」

「見えればそれに頼ってしまう。先程も言いましたが、完全に信頼するには不確実な力です。今は医療が非常に発展していますから、神の目よりも正確に病状が分かるものもある」


 阿多牟あたむ医師は「良い時代になりました」と言ってほほ笑む。とても柔らかな笑顔だった。


「それとですね、見たくないものも見えなくなりました」

「見たくないもの、というと?」

「自分の体の病気です。もうこの年で見えたとしても治療に体が耐えられない。見えない方が幸せな事もあるんだと、この歳になって気づきました。本当に、人生に学ぶことは尽きません。生涯勉強ですよ」


 そう言って笑う彼は、放送の10年後に天国に旅立った。

 生涯、一度も病気をすることは無かったという。

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