鹿と少女

 ある日の事です。


 とある豪邸に住む少女が目を覚ますと、部屋の窓ガラスに鹿の首が生えていました。

 少女はたいそう驚きましたが、叫ぶのを何とかこらえて窓の方へと恐る恐る歩み寄ります。

 鹿は首だけ窓ガラスを破って突き出している、わけではありませんでした。

 ガラスの先の外には鹿の首から先、胴体どうたいは見当たらなかったのです。

 首の向こうには、秋のんだ空と紅葉が美しい庭園が見えるのみ。

 断面は一体どうなっているのでしょう。気持ちが悪いので考えない事にします。

 そもそも彼女の部屋は二階なので、そもそも鹿が飛び込んで来るはずがありません。


「魔法か何かなのかしら」


 少女が不思議に思っていると、鹿の頭が動きました。生きています。


「きゃっ」


 小さな悲鳴を一つ、少女は三歩分後ろに飛び退きました。

 悲鳴を聞きつけた使用人が「お嬢様、どうかなさいましたか?」と扉の外から声をかけてきましたが、「何でもないわ」と胸の鼓動をおさえながら下がらせます。

 こんな不思議な事、他の人に知られるのは勿体ないと思ったからです。

 少女の心の中は、恐怖よりも好奇心がまさっていました。

 鹿は首だけの頭でしきりに部屋の様子を見まわしていましたが、しばらくするとぐったりして動かなくなりました。


「お腹がすいているのかしら」


 少女がコップに水をんできて鹿の口元に恐る恐る近づけると、鹿の頭はぺろぺろと水を舐めました。

 少女が昨日の残りの乾いたフランスパンを千切ちぎって与えると、それもぺろりと平らげて元気を取り戻したのです。


「ありがとう、優しいお嬢さん」

「鹿がしゃべった!」

「いいえ、私は鹿ではなくトナカイです。クリスマスにプレゼントを配る家の下見をしていたら、お腹がすいてこんな事に。もう大丈夫です。当日は必ずプレゼントを届けますよ」


 そう言って、トナカイの首はみるみる透明になり消えてしまいました。

 少女は呆気あっけにとられていましたが、トナカイの言葉を思い出して叫びました。


「トナカイが実在じつざいしたなんて!」



~おしまい~

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