近くて遠い

雪子ゆきこ、愛してるよ』

「私もよ、亮次りょうじ


 多くの科学者とスタッフであふれる管制室で、一人の女性が相互通信のモニターに向かって、右手を持ち上げ、薬指にめた真新しい指輪を見せる。

 すると、モニター越しに映る宇宙服を着た男性も、わざわざ分厚い手袋を外して、指に嵌めた同じ形の指輪をモニターに映した。


『ありがとう。君の開発した宇宙船に乗れるなんて僕は本当に幸せだ。この宇宙船のワープ機能を使えば、他のどの国より早く八光年先のプシュケ星系第9惑星に辿たどり着く。君が僕を推薦すいせんしてくれたお陰で、誰より早くあの星の陸地を踏むことも出来る。君にリアルタイムの映像を見せられない事だけが本当に残念だ』

「そんなことない。私の技術を信じて着いてきてくれた貴方が夢を達成するんだから、それだけで十分。地球の私達がそれを知るのは4年後だけれど、私達の願いを貴方は最速で叶えてくれる。最高の恩返しよ」


 打ち上げのカウントダウンが始まる。

 モニター越しの亮次が手袋をはめ直して手を振った。


『5年でテラフォーミングを完成させて、必ず人の住める惑星にする。それまで待っていてくれ』

「ええ。待ってる。実際に待つのは貴方の方になるから、言い方が正しくないかな」

『何年でも待つさ。どれだけ離れていても、どれだけ時が経っても、君への気持ちは変わらない』

「私も」


 カウントダウンを経て、宇宙船が飛び立つ。

 空を駆け上り、雲を抜けて、成層圏せいそうけんを抜けて宇宙へ。

 打ち上げは成功だ。


『これから、ワープを開始する。成功すれば、次の通信は3年と11ヶ月。期待していてくれ』


 管制室の皆が固唾かたずんで見守る中、宇宙船は加速、みるみる細い糸のようにねじれて見えなくなった。

 オペレーターが静かに「通信、途切れました。ワープ機能の正常起動を確認」と告げると、一瞬の静寂の後に大きな歓声が巻き起こった。


「第一関門突破ですね、曾根崎主任そねざき しゅにん!」


 一人の若手研究員が雪子に駆け寄り祝福の言葉をかけると、続々と他の研究仲間達も集まってきた。


「皆、気が早い」


 そう言いながら、雪子は指輪を即座に引き抜いた。

 皆がギョッとする中、彼女は平然と言い放つ。


「ワープが本当に成功したかどうか、分かるのは4年先。それまで、生きてるかどうかも分からない男のことなんて気にし続けられる?」

「しかし……」

「もし彼が生きていてテラフォーミングに成功しても、次に会えるのは12年先。何歳なのって話」

「待ってる彼が可哀想じゃないですか」


 主に男性陣から声が挙がる。


「私が居なくても、成功すれば彼の名前は一生人類史いっしょう じんるいしに残り続ける。それで充分でしょ」


 そうして彼女はポケットに指輪をしまい、かと思えば別の指輪を取り出して指に嵌めた。


「次は1ヶ月後の亜空間航行型あくうかんこうこうがたの打ち上げ。皆、気を引き締めて行きましょう!」


 ~おわり~

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