おまじない

「面白い神社が近くにあるみたいなんだけど、行ってみない?」

「初詣には二日早いぞ」


 十二月三十日の昼下がり、急に家に押しかけて来た彼女は、これまた急な話題を振って来た。


「テレビ見てて思い出したの」


 彼女の指さす先では、モニターを挟んで芸能人が都内の有名な菓子屋をレポートしている。


「いや、全然関係ないだろ」

「あるのよそれが。この神社って、お稲荷様を祭ってるんだけど、お煎餅が大好物なんだって」

「狐なのに油揚げじゃなくて?」

「そう。昔々、お腹をすかせて弱ってた狐に煎餅をあげたら、その年のお米が豊作で、それ以来らしいよ」

「煎餅……そんな固いモノ食べれるんだ」

「さぁ? ぬれ煎餅だったんじゃない? 昔だし」


 いかにも胡散臭い、ふんわりとした出自だ。

 それが露骨に顔に出て、彼女に咎められる。


「信じてないねぇ?」

「まぁね」

「なら行って確かめましょ」

「何を」

「噂を」

「煎餅食べる狐が居るの?」

「まさか」


 言い出したのは彼女なのに鼻で笑われる。


「真っ赤な鳥居の足元に、煎餅をお供えするの」

「鳥居の上に石を投げて乗っける、とかは聞いた事あるけど」

「そんな食べ物を粗末にするような真似はしません」


 お供えも随分とグレーだぞ、とはあえて言わない。


「それでどうなる?」

「供えたお煎餅の種類で、叶う願いが変わるの。勿論、供えた後にお参りは忘れずにしないとダメ」

「煎餅の種類……、塩味とか醤油味とかそういう事?」

「その通り。で、手っ取り早く知るならチーズ煎餅」

「由緒の割に昭和以降のツマミの定番が出て来たな。そのお稲荷様は酒飲みか何かか」

「さぁね。お酒も奉納されるだろうから、そうじゃない?」


 興味ある部分以外は返答が雑だなぁ。


「で、どんな効果があるの?」

「それがね、男女二人が其々一つのチーズ煎餅を手に持って」

「あのペラペラのを一枚で?」


 実に燃費がいい。いや、気前がいいのか。


「茶化さないで。一緒にお供えすると、その二人は恋人同士になるんだって!」

「ウケる」

「やっぱり信じてない」

「そんな恥ずかしいことしてる時点で恋人同士だっての」

 

 彼女は暫く部屋の天井を見上げてから、


「確かに」


 そう言ってチャンネルを変えた。



 ~ おわり ~

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