島の床屋
「お客さん、どこから来たんですか?」
白シャツに黒のチョッキ、黒のスラックスを
彼が手にした
「福岡です。分かりますか」
「この島の
「そうなんですね」
「こんな小さな港しかない街に、何の用で?」
「商談です。最近はネット経由で何でも取引をして送れますから」
「はぁー便利ですよねぇ。私も時々使いますよ。ええ」
店主は大きく頷きながら、髪の毛を短く刈り込んでいく。
都会の美容室とは違った、人を選ばない、予め仕上がりの決まった切り方だ。
それ故に早くて安い。
床屋がこの島でたった一つという事は、この街の男性住人は皆同じ髪型をしている事になる。
「住人の私が言うのもおかしいですが、この街には特産って呼べるものもないんですがね。何を取引するんですか」
「海産物も立派な資源ですから。最近は大手の漁場でも取れ高がよくない。安定供給が崩壊しかけている今、産地が分かって鮮度が保障されている個人取引は――」
「なるほど、難しい事はよくわからんですが、ありがたい事です。顔は剃っていきますか?」
「はい、お願いします」
店主は慣れた手つきでシェービングクリームを泡立てて右耳から
「やっぱり肌がきれいだねぇ。若い」
剃刀を手に、丁寧でありながら素早く
もう長年経験していなかった感触が妙に心地いい。
「街に猫は多いですか?」
「いや、珍しいと思われるかもしれませんが、いないですよ。島元からいる動物の生態系が崩れるから禁止されてます。禁止と言っても、今は
「逆に猫アレルギーなんですよ。ホッとしました」
剃り終わって、改めて鏡を見る。
髪型が変わるだけで四十分前とは別人のようだと思った。
「こういう髪型しかできないで、すまないねぇ」
「いえいえ。これはこれで」
悪くない。そう思う。
年季の入った席を立ち、上着を受け取ってレジへと向かう。
「千五百円です」
「安いですね」
やんわりと笑って、二千円を手渡す。
「都会は、いいお値段しますもんねぇ。はい、お釣り」
お釣りを受け取りながら、ふと視線がレジ横の鉛筆立てに無造作に差し込まれた名刺サイズのカードに留まった。
「これは?」
「ああ、サービス券ですよ。十回利用して貰ったら、一回タダ」
「お得ですね。でも、
「そりゃもう全然。ここに住んでるとお金なんて殆ど使わないですから。半分趣味でやってるようなものですし」
なるほどと頷き、カードを指差す。
「一つ
「良いですよ。次、いつ来て貰えるか分かりませんけど」
主人は少し嬉しそうに、カードを一枚引き抜いて、マス目の①と印刷された部分に今日の日付を赤いボールペンで記入した。
「はい、どうぞ。ご利用ありがとうございます」
「またすぐきますよ。なにしろ……」
今日からここが商売の拠点になるのだ。
店を出て、切ったばかりの頭を
これで、少しはこの街に馴染めるだろうか。
そんな事を考えながら、共同経営相手の住所に向かって、細い坂道を登り始めた。
― 完 ―
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