旅人と大男
「お前はゴミの様な人間だな」
「はぁ?」
旅を初めて数年になるが
と言うかコイツ
そうしてこっちが「すいません、宿屋を探してるんですが、教えていただけないでしょうか」と下手に出てやったというのに冒頭の仕打ちだ。
これには流石に温厚な俺もブチ切れる事にやぶさかではなく、相手が糞みたいにたくましい筋肉と凶悪な岩面じゃなきゃ飛びかかって
ちなみに、さっきの岩面というのは
閑話休題。
「あの、宿――」
「帰れゴミ虫」
ゴミから一気に虫にランクダウンした。
いや待て、この場合は
――って、どっちにしろ扱いがゴミと変わらないじゃないか
「あ、もういいです。すみません、お騒がせしました」
俺の長年の経験がこれ以上、
ゴミはゴミらしく
しかし、目の前の
俺をこれ以上奥には進ませないという
そしてその禿はおもむろに右手を俺に向かって――。
おいこらやろうってのか良いだろう相手になってやる、ただしボコボコにされても知らないからなって嘘ですごめんなさい超怖いです許して。
そんな
「通行料払えゴミ」
「ああ、そう言う事ですか」
「
ようは
実力行使に訴えてこない所を見るとまだマシな部類だ。
しかし困った事に、俺は先ほど通算二十一回目、旅してきた年月平均で割るとおよそ三カ月に一回の
そんな内面の独白なんて通用する筈も無く、むしろ本当の事を言ったら即その手が首を
そんな訳で俺は全財産が入った袋を
とりあえず一番高級そうなものを
「……ん、なんだこれは?」
禿には
なんて口が
「これはここから数百マイル離れたオンバルティムス
オンバルティムス山脈に住まう美しい
――平たく言えば
「これが、なんだ?」
「いや、かなりの高級品ですよ。この辺では御目にかかれない代物だ」
「だからどうした」
「だからどうしたって――」
それを売ればかなりのお金に、と言う前に目の前の禿はあろうことかそれを握りつぶしてただの
――あー
「他のもん出せ」
勿論、この禿が言っている他のものと言うのは間違いなく
尤も、マントの裏地には薄い金の
いや、殺されかけたら流石に考えるけど。
「そっ、そうですねー」
あえて能天気を気取りつつ、次の物を探る。これだってタダじゃない。本当はこういう民芸品を地方で高く売り
さっき握りつぶされてその辺の石ころと一緒に転がっているアレだって俺にとっては手痛い出費なんですけど。
そうして次に取り出した竹細工の馬もあえなく
――お馬さん、君の
とはいえ、正直目の前に立つ禿が満足しそうなものなんて持ち合わせていない。
基本的に俺の持ち物は金を惜しげなく払ってくれる女性向けのものばかりだからだ。
流石にこれ以上握りつぶされる訳にもいかないので、袋から出しただけで検品して貰う事にする。そうして首を横に振られる事数十回。
「もういい、そのマントよこせ」
実に
まさか、バレたか?
いやいや、コイツにそんな上等な脳みそは入ってないだろう。
「ままままままままままっ待ってくだしゃい」
勢い余って舌を
――ってこの禿やっぱり
「それがないと、旅が出来ずに死んでしまいます」
「死ねばいいと思うが?」
「いやいや、流石にそれは」
「わしは困らん」
「俺は困りますから!」
どうしてこんな時ばかり現実的な答えばかり返しやがるんだこの禿。
そうして押し合いを続けること五秒――やっぱり十秒は耐えてました、信じて下さい!
思い切り引っ張られた
勿論俺はそれに怒って禿に馬乗りになってボコボコに、出来る訳もなく散らばった財産を必死にかき集める。
決して、禿に恐れをなしたとかそんなんじゃないんだからねっ。
「おいお前」
「……っ、なんだよ、まだこれ以上何か俺から剥ぐつもりかよ」
既に俺のマントは男の手に渡っていて、これ以上
これは
ついでに、裏地に縫い付けてあった延べ棒の角が頭に突き刺さって
「っつぅ。何すんだよ」
もうこっちは涙目です。しかし、決して泣いてません。男の子だもん。
「これは?」
「……これとは?」
とりあえず今までの無礼は脇に置いてマントの中から脱出。禿の無骨な手に
「あー、えっと」
なんだったかな。
長い事旅をしていれば、どこで手に入れたものか解からなくなる事もある。
透き通っているでもなく真っ赤な訳でもない。
まだらな黒い
どこに行っても
いつ
そうでなければこんな売れなさそうなものを俺が仕入れる筈がない。
「えっと、置き物です」
自分が買い付けたからにはその手のものには違いなかった。
何処かに置くにしては非常にバランスが悪い形をしている。
それ以前に目につく場所に置いておきたくない。
今までの追い剥ぎも見向きしなかった事を考えると、それはもうそういうものだとしか思えない。
「そんな事を聞いてるんじゃないゴミ虫。これをどこで手に入れたか聞いてるんだ」
「えっと、それは……」
それならそうと早く言え禿。
こっちはエスパーじゃなくて旅人なんだよ、ジョブチェンジする気は無いけどな!
なんて心の中で毒を撒き散らしつつ頭の中を必死に検索。まだ死にたくないです。
ただ、いくら記憶を漁ってみても明確な記憶は出てこなかった。
「これはここから百十マイルほど離れた海岸近くの町で仕入れたんですよ。なんでも、色々なモノが
必殺、解からないものは全部漂着物の術。
まぁ、この石ころに関しては俺が適当にその辺で拾っていても何らおかしくは無い。
禿もどうやらその説明で納得したらしかった。
「つまり、これはタダで手に入れたのか?」
「え?」
――ああ不味い。このままだとまた身ぐるみ剥がされる。
「とんでもない。それは信じられない値段で売ってましたよ。実を言うと僕も価値は解からなかったんですけど、その店で一番高いものだって言われたら買うしかないじゃないですか。それにほら、いつかはこれの値段の解かる――」
「もういい黙れ」
「……はい」
「これはだな――」
そう前置きを入れて、禿は今までで一番長く喋り出した。
「これはアベルガンフィスというこの辺では
残念ながら長いのでカットです。
ようは、非常に
「お前の様なゴミがこれを持っているとはな」
「……はぁ」
ともかく、言動は非常に気に食わないが許してくれるらしい。
こんな石がそれだけの価値があったとは知らなかったが、どうせ売れないんだから未練も無い。
むしろ、そんなゴミの様な荷物一つ減っただけで命が助かったと喜ぶべきだろう。
俺は
「えっと、それで許してもらえるってことですか?」
そうして禿は頷き、
「ああ、袋の中身全部置いていけ。まだ良いものが残ってるかもしれんからな」
結局は袋ごと巻き上げられる。
――母さん、父さん、俺はここで終わりみたいです。
―了―
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