旅人と大男

「お前はゴミの様な人間だな」

「はぁ?」


 旅を初めて数年になるが初対面しょたいめんでこんな事を言われるのは初めてだ。

 と言うかコイツ何様なにさまだ、早く死なないかな。

 無骨ぶこつな岩で囲まれた偏屈へんくつな街に来たと思えば、これまた岩を残念に加工して出来たような顔をげた禿げの糞髭野郎くそひげやろうに出くわした。

 そうしてこっちが「すいません、宿屋を探してるんですが、教えていただけないでしょうか」と下手に出てやったというのに冒頭の仕打ちだ。

 これには流石に温厚な俺もブチ切れる事にやぶさかではなく、相手が糞みたいにたくましい筋肉と凶悪なじゃなきゃ飛びかかって羽交はがめにして身ぐるみいでやる所なんだが。

 ちなみに、さっきのというのはいわようかたまった顔面の略で語呂が非常にいいとか、どうでもいい知識で済みません。

 閑話休題。


「あの、宿――」

「帰れゴミ虫」


 ゴミから一気に虫にランクダウンした。

 いや待て、この場合は無機物むきぶつから虫という生命体に変わったのでランクアップしたと考えた方がいいのだろうか。


 ――って、どっちにしろ扱いがゴミと変わらないじゃないか畜生ちくしょう


「あ、もういいです。すみません、お騒がせしました」


 俺の長年の経験がこれ以上、禿ハゲと関わるなと警鐘けいしょうを鳴らしている。

 ゴミはゴミらしくちりちりに、岩は岩らしくその辺で静かに転がってろ畜生ちくしょう

 しかし、目の前の禿ハゲは動かざる事岩のごとく。

 俺をこれ以上奥には進ませないという不遜ふそん態度たいど仁王立におうだちしている。

 そしてその禿はおもむろに右手を俺に向かって――。

 おいこらやろうってのか良いだろう相手になってやる、ただしボコボコにされても知らないからなって嘘ですごめんなさい超怖いです許して。

 そんな熾烈かれつな俺の心の葛藤かっとうを無視して、禿はてのひらを上向きに俺の顎元あごさき数センチ手前で止める。


「通行料払えゴミ」

「ああ、そう言う事ですか」

くさい息はいらねぇンだよ早く出すもの出しな」


 ようは追剥おいはぎという訳か。

 実力行使に訴えてこない所を見るとまだマシな部類だ。

 しかし困った事に、俺は先ほど通算二十一回目、旅してきた年月平均で割るとおよそ三カ月に一回の山賊遭遇レアイベントくぐりぬけて来たばっかりで手持ちが非常に心もとないんですけど畜生。

 そんな内面の独白なんて通用する筈も無く、むしろ本当の事を言ったら即その手が首を鷲掴わしづかみにしてにわとりよろしくくびり殺されそうな勢いだ。

 そんな訳で俺は全財産が入った袋を物色ぶっしょく

 とりあえず一番高級そうなものを禿ハゲの手のひらに置く。


「……ん、なんだこれは?」


 禿にはえんがないですもんね―?

 なんて口がけても言わない。


「これはここから数百マイル離れたオンバルティムス山林さんりんの中にあるオンヴェ村の高級工芸品です」


 オンバルティムス山脈に住まう美しいちょうして造られたてのひらサイズのそれは銀と金が淡く散りばめられていて、日の光を受けてキラキラと光り輝く。


 ――平たく言えば髪飾かみかざりです、糞禿クソハゲ


「これが、なんだ?」

「いや、かなりの高級品ですよ。この辺では御目にかかれない代物だ」

「だからどうした」

「だからどうしたって――」


 それを売ればかなりのお金に、と言う前に目の前の禿はあろうことかそれを握りつぶしてただのいびつかたまりにしてしまった。


 ――あー畜生ちくしょう、この禿今すぐ死ね。


「他のもん出せ」


 勿論、この禿が言っている他のものと言うのは間違いなく即物的そくぶつてきぜにか金か銀なんだろうが、生憎その手のものは数時間前に根こそぎ山賊さんぞくに取られた後だ。

 尤も、マントの裏地には薄い金のべ棒がい付けてあるのだが、それを渡したら本当に俺がお陀仏一直線だぶついっちょくせんなのでそれだけは死んでも譲れない。

 いや、殺されかけたら流石に考えるけど。


「そっ、そうですねー」


 あえて能天気を気取りつつ、次の物を探る。これだってタダじゃない。本当はこういう民芸品を地方で高く売りさばいて生計せいけいを立てているのだ。

 さっき握りつぶされてその辺の石ころと一緒に転がっているアレだって俺にとっては手痛い出費なんですけど。

 そうして次に取り出した竹細工の馬もあえなく粉微塵こなみじんとなって大地だいちの仲間入りを果たす。


 ――お馬さん、君の犠牲ぎせいは忘れないよ。


 とはいえ、正直目の前に立つ禿が満足しそうなものなんて持ち合わせていない。

 基本的に俺の持ち物は金を惜しげなく払ってくれる女性向けのものばかりだからだ。

 流石にこれ以上握りつぶされる訳にもいかないので、袋から出しただけで検品して貰う事にする。そうして首を横に振られる事数十回。


「もういい、そのマントよこせ」


 実に豪快ごうかいに、言葉と同時にマントをつかまれる。

 まさか、バレたか?

 いやいや、コイツにそんな上等な脳みそは入ってないだろう。


「ままままままままままっ待ってくだしゃい」


 勢い余って舌をみつつも必死にマントを引っ張り返す。

 ――ってこの禿やっぱり力半端ちからはんぱじゃないな。


「それがないと、旅が出来ずに死んでしまいます」

「死ねばいいと思うが?」

「いやいや、流石にそれは」

「わしは困らん」

「俺は困りますから!」


 どうしてこんな時ばかり現実的な答えばかり返しやがるんだこの禿。

 そうして押し合いを続けること五秒――やっぱり十秒は耐えてました、信じて下さい!

 思い切り引っ張られた拍子ひょうしに、袋の中の貴重な財産をぶちまけてしまう。

 勿論俺はそれに怒って禿に馬乗りになってボコボコに、出来る訳もなく散らばった財産を必死にかき集める。

 決して、禿に恐れをなしたとかそんなんじゃないんだからねっ。


「おいお前」

「……っ、なんだよ、まだこれ以上何か俺から剥ぐつもりかよ」


 既に俺のマントは男の手に渡っていて、これ以上むしられたらそれこそ虫の息です。

 これはムシられたとムシをかけた、――ってどうでもいいわ。

 此方こっちの気も知らず、目の前の禿は何を思ったのかせっかく俺からはぎ取ったマントを投げ返す。投げ返すと言っても俺は地面にかがんでいるので、もろにそれを頭で受け止める羽目になった。

 ついでに、裏地に縫い付けてあった延べ棒の角が頭に突き刺さって悶絶もんぜつする。


「っつぅ。何すんだよ」


 もうこっちは涙目です。しかし、決して泣いてません。男の子だもん。


「これは?」

「……これとは?」


 とりあえず今までの無礼は脇に置いてマントの中から脱出。禿の無骨な手にままれた俺の財産――もとい一品に目を向ける。


「あー、えっと」


 なんだったかな。

 長い事旅をしていれば、どこで手に入れたものか解からなくなる事もある。

 こぶしほどの大きさの赤く丸い石。

 透き通っているでもなく真っ赤な訳でもない。

 まだらな黒い縞模様しまもようが浮き、正直見た目はとても気持ち悪い。

 どこに行っても不評ふひょうすぎて手に取られる事すら無いので、いつの間にかただ其処ここにあるだけのモノと化していた。

 いつごろ買い付けたかと言えば、恐らく旅を初めてすぐの頃だろう。

 そうでなければこんな売れなさそうなものを俺が仕入れる筈がない。


「えっと、置き物です」


 自分が買い付けたからにはその手のものには違いなかった。

 何処かに置くにしては非常にバランスが悪い形をしている。

 それ以前に目につく場所に置いておきたくない。

 今までの追い剥ぎも見向きしなかった事を考えると、それはもうそういうものだとしか思えない。


「そんな事を聞いてるんじゃないゴミ虫。これをどこで手に入れたか聞いてるんだ」

「えっと、それは……」


 それならそうと早く言え禿。

 こっちはエスパーじゃなくて旅人なんだよ、ジョブチェンジする気は無いけどな!

 なんて心の中で毒を撒き散らしつつ頭の中を必死に検索。まだ死にたくないです。

 ただ、いくら記憶を漁ってみても明確な記憶は出てこなかった。


「これはここから百十マイルほど離れた海岸近くの町で仕入れたんですよ。なんでも、色々なモノが漂着ひょうちゃくするって事で」


 必殺、解からないものは全部漂着物の術。

 まぁ、この石ころに関しては俺が適当にその辺で拾っていても何らおかしくは無い。

 禿もどうやらその説明で納得したらしかった。


「つまり、これはタダで手に入れたのか?」

「え?」


 ――ああ不味い。このままだとまた身ぐるみ剥がされる。


「とんでもない。それは信じられない値段で売ってましたよ。実を言うと僕も価値は解からなかったんですけど、その店で一番高いものだって言われたら買うしかないじゃないですか。それにほら、いつかはこれの値段の解かる――」

「もういい黙れ」

「……はい」

「これはだな――」


 そう前置きを入れて、禿は今までで一番長く喋り出した。


「これはアベルガンフィスというこの辺では御目おめにかかれない鉱石こうせきだ。一つの鉱山でも数十グラム見つかればいいとされていて、別名山のコアとも呼ばれて――」


 残念ながら長いのでカットです。

 ようは、非常に希少きしょうな鉱石らしい。


「お前の様なゴミがこれを持っているとはな」

「……はぁ」


 ともかく、言動は非常に気に食わないが許してくれるらしい。

 こんな石がそれだけの価値があったとは知らなかったが、どうせ売れないんだから未練も無い。

 むしろ、そんなゴミの様な荷物一つ減っただけで命が助かったと喜ぶべきだろう。

 俺は御伺おうかがいを立てる様に、禿に向かって愛想笑いを浮かべた。


「えっと、それで許してもらえるってことですか?」


 そうして禿は頷き、


「ああ、袋の中身全部置いていけ。まだ良いものが残ってるかもしれんからな」


 結局は袋ごと巻き上げられる。


 ――母さん、父さん、俺はここで終わりみたいです。



 ―了―

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