第二章 いざ江の島へ

葵と紅

               序


「んっ……ここは?」


 葵は布団の上で目を覚ました。目線の先には見知らぬ和室の天井である。


「どこなの、ここ……?」


 まだ若干の眠気が残っているものの、葵はなんとか半身を起こし、ゆっくりと部屋を見渡す。わりと広い部屋である。葵は頭を片手で抑えながら呟く。


「この広さは……お寺かなにかかな?」


 その時、部屋の障子が勢い良く開いた。そこには着物姿の紅色髪の女性が立っていた。長すぎず、短すぎずといった髪型で、強気な顔立ちの美人である。自分と同じ位の年頃であろうか。そんなことを葵が漠然と思っていると、紅色髪の女性がズカズカと部屋に入ってきて、葵を見下ろしながら呟く。


「起きたわね」


「……誰?」


 葵が怪訝そうな表情を浮かべて尋ねる。


「それはこっちの台詞よ」


 紅色髪の女性は立膝をつき、目線を葵に合わせ、強めの口調で葵に質問する。


「貴女の目的は何? 誰に言われてきたの?」


「はい?」


「言っておくけど、とぼけても無駄よ。貴女が『しょうゆ会』とかいう怪しげな会の首魁だって既に調べはついているのよ」


「怪しげ……首魁って……」


 戸惑う葵に対し、紅色髪の女性はまくしたてる。


「この私の寝首を掻こうだなんて百年、いや、千年早いわよ。私の弓は狙った獲物は絶対に外さないんだから。『今一番ヤバい流鏑馬系女子』、『最も射抜かれたいガール』とか報道機関に色々取り上げられたことだってあるのよ」


「は、はあ……」


「それで? 貴女は何者かしら? 答えによっては……」


「えっと……何て言えば良いのかな?」


 葵は片手で後頭部をかく。紅色髪の女性は目を細めながら呟く。


「正直に話した方が身の為よ?」


「あ、はい……えっと、私は大江戸幕府第二十五代将軍、若下野葵もしものあおいです……」


 一瞬の静寂が部屋を包む。紅色髪の女性が口を開く。


「ひょっとして……ふざけているの?」


「いえ、ふざけてないです」


「私、そういう笑えない冗談は嫌いなの」


「冗談ではありません」


 紅色髪の女性がバッと立ち上がる。


「どこの世界に睡眠薬で眠らされる征夷大将軍がいるのよ!」


「ここにいます! って、睡眠薬⁉」


 葵が顎に手をやって考える。思い当たる節があった。


「そうか……途中で立ち寄ったあの茶屋で個室に通されて……お団子を食べていたら何だか急に眠気に襲われて……」


 紅色髪の女性が軽く咳払いをして、改めて葵に問う。


「『しょうゆ会』という秘密結社に関してはどう説明するの⁉」


「秘密結社って! 『将軍と愉快な仲間たちが学園生活を盛り上げる会』、通称『将愉会しょうゆかい』です! 大江戸城学園をより良い学園にする為に日々活動しているんです! 断じて秘密結社でも悪の組織でもありません!」


「大江戸城学園……?」


「そうです、大江戸城の城郭内にある学校です! 私は将軍であると同時にそこに通う華の女子高生です! ほら、学生証だってあります!」


 葵が懐から学生証を取り出して、紅色髪の女性に向かって突き付ける。女性は再び立膝をついて、学生証を手に取り、写真と葵の顔を何度か交互に見比べ、やがて小声で呟く。


「……マジで?」


「マジです!」


「か、仮に貴女が将軍だとして、なんだってあんな所にいたのよ⁉」


「我が校はこの夏の臨海合宿で江の島にお邪魔するので、そのご挨拶に伺おうと……!」


「! あ~そう言えば、猛時がそんなこと言っていたような、いなかったような……」


「あの……?」


 暫しの沈黙後、紅色髪の女性は正座して葵の方に向き直り、顔の前で両手を合わせる。


「メンゴ! 完全に勘違いだったわ! 許して、てっきり刺客かと思って……」


「し、刺客……? あの、貴女は?」


 紅色髪の女性は姿勢を正して名乗る。


「申し遅れました。私は良鎌倉よいかまくら幕府第四十五代将軍、真坂野紅まさかのくれないです」


「え、えええぇぇぇ~⁉」


 葵は素っ頓狂な声を上げてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る