夏に向かって
終
「葵様、こちらにいらっしゃいましたか」
「ああ、お疲れ、サワっち」
教室に入ってきた爽に葵が手を挙げて応える。先の選挙の結果を受け、生徒会が将愉会の為に急遽手配した教室である。
「この教室……少し手狭ではありませんか?」
「まあ住めばなんとやらって感じでね、結構気に入っているよ」
「……有備さんのこと、実質不問に処すというのは寛大な処置ですね」
「なるべく人を罰したくはないんだよね……甘いかな?」
「大甘です! ……と言いたいところですが、葵様らしくて宜しいかと」
そう言って爽が微笑んだ。そこに進之助が飛び込んできた。
「お! こっちにいたのか!」
「どうしたの、進之助? バイトは?」
「有備の嬢ちゃんがよく働いてくれているからよ、ちょっと抜けてきた!」
「そんなに息切らしてどうしたのよ?」
「い、いや、臨海合宿の件なんだけどよ……」
「臨海合宿?」
葵は首を傾げて爽の方を見る。爽が答える。
「……当学園の高等部では毎夏、『夏季休業期間特別臨海合宿』という一週間の合宿を行います。一年生から三年生まで、基本全員参加するものです」
「へえ、それは楽しそうだね。どんなことをするの?」
「例えば……前期成績不振の生徒などは補習を受講します。また、ほぼ全員参加の砂浜でのランニングや、遠泳大会などが行われます」
「け、結構ハードそうだね……」
「合宿ですので。無論大半の時間はレクリエーションに充てられていますが」
「そう! そのレクリなんとかだ!」
「ど、どうしたのよ……?」
「そ、そのよ、お前さんは合宿の予定は決まっているのか?」
「いや、合宿自体初耳だからね、まだ何も……」
「そ、それじゃあよ、オイラと一緒に……」
「生憎、赤宿君は補習メインの合宿ですよ」
「え?」
光太が教室に入ってきた。
「ほ、補習メインってマジかよ……」
「ははっ、抜け駆けしようとした罰だぜ」
「ふふっ、お気の毒に」
光太の後ろから教室に入ってきた弾七と獅源がうなだれる進之助を笑う。
「……そういうお二人も補習が多くなりそうだと聞いていますよ」
「何だと⁉」
「あれま」
「涼紫さんは出席日数不足、橙谷くんは単純に成績不振の為だそうです」
「あ~あ。こりゃあ、二人も早々に脱落決定かな~」
「あ、兄上、あまり煽るような物言いは……」
更に後ろから北斗と南武が教室に入ってきた。
「新緑先生ともども、補習頑張ってくれよ、俺たちが代わりにエンジョイするからさ!」
「だから、そういう言い方は……」
「って、南武もなんだか顔にやけていない?」
「に、にやけていませんよ! そ、そりゃあ楽しみじゃないと言ったら嘘になりますが」
「うむ! “特別指定強化訓練”、実に楽しみだな! 両町奉行殿!」
大和が叫びながら教室に入ってきた。北斗たちが怪訝な表情を浮かべる。
「……今、何て言った?」
「そうだ! 体育の成績が優秀な生徒は更にその能力を伸ばすべく、特別な訓練が課されることになっている! 無論、某もだ! ともに青春の汗を流そうではないか!」
「そ、そんな……文武両道を目指したのが仇になるとは……」
「独り勝ち 早くも我に 夏の風」
いつのまにか教室に入ってきていた一超が呟く。
「ああ、藍袋座殿! “特別指定強化訓練”は其方も入っているぞ!」
「⁉」
大和の言葉に一超が驚きの表情を浮かべる。
「幻聴か それとも単に 間違いか」
「今回から運動が苦手な生徒にも訓練を課すことになったそうだ! 勿論、訓練内容は我々に比べればずっと楽なものだが! その辺りは安心してもらって良い!」
「ありえない あってならない そんなこと」
大和を除いて肩を落とす面々に葵が声をかける。
「ま、まあ、皆何をそんなに落ち込んでいるのか知らないけどさ……レクリエーションの時間が全部失われるってわけじゃないんでしょ? 前向きに捉えようよ」
「ここまでくるとワザと気付かない振りをしているのでは……?」
「え? サワっち、何か言った?」
「いいえ、何も」
爽は首を振った。
「上様、お待たせ致しました」
秀吾郎が教室に現れた。
「ああ、秀吾郎、目安箱はどうだった?」
「こちらでございます」
「わっ! こんなに⁉ 何通あるの?」
「十二通でございます」
「そ、そんなに相談したいことが殺到するなんて……全部解決できるかな?」
「先の選挙結果を踏まえてですね、将愉会に期待を寄せる方が増えてきたのでしょう」
爽は相談内容に目を通しながら呟く。
「そ、そうか、期待には応えないとね! 皆……」
葵は教室に集まった面々を見渡す。
「『将軍と愉快な仲間たちが学園生活を盛り上げる会』、一生懸命頑張ろう!」
「応よ!」
「任せとけ!」
「御意」
「パパッと片付けちゃうよ~」
「が、頑張ります!」
「善処致します」
「期待に応えるのが千両役者ってね」
「腕が鳴る 難問題も どんと来い」
「学園を脅かすものは容赦なく打倒する!」
葵の言葉に皆が思い思いに応える。葵が満足そうに頷く。
「よし! それじゃあ……」
「葵様、水を差すようで恐縮なのですが」
「な、なによ、サワっち……」
「諸々の相談については、高島津さんと大毛利くんを含めて我々で解決にあたりま
す。本日葵様にやって頂きたいことは他にありまして……」
「他にやること?」
「ええ、今夏の臨海合宿は江の島で行う予定なのですが、あの辺りは鎌倉殿の御領分となります。よって、鎌倉の将軍さまにご挨拶を……」
「ええっ⁉ 私が征夷大将軍に⁉」
第一章 完
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