ふたりはズッ友

「そんなに驚くこと?」


「そ、そりゃあ……」


「ああ、ちなみに私は良鎌倉学院の三年生、貴女の一年先輩ね」


「ええっ⁉」


「また驚いた、そんなに驚くことかしら?」


 紅が呆れ気味に呟く。


「い、いや、それは驚きますよ、私以外にも女子高生兼征夷大将軍って珍妙な肩書きの持ち主の方がいたなんて……」


「珍妙って。それより私のこと知らなかった?」


 紅の質問に葵は慌てて頭を下げる。


「も、申し訳ありません! 将軍に就任して約三か月、忙しさにかまけて……」


「情報収集、又は情報の取捨選択も上に立つものにとっては大事なことよ」


「お、おっしゃる通りです……」


「まあ、そういう私も貴女のこと漠然としか知らなかったけど」


 紅のとぼけた発言に葵がガクっとなる。


「ご、御存じなかったんですか?」


「勿論、大まかには大体のアウトラインは知っていたわよ。でも私も約一年前に就任したばかりだから、他のことに目を向ける余裕がなかなかなくてね……。やっぱり色々あるじゃない? 征夷大将軍やっているとさ」


「ええ、分かります」


 色々の部分は人それぞれだと思うが、葵はとりあえず頷いて置いた。


「何か質問はあるかしら?」


「えっと真坂野様は……」


「紅で良いわよ」


「え?」


「同じ将軍同士、堅っ苦しいのはナシで行きましょ?」


「そ、そうですか?」


「そうよ」


「じゃあ、クレちゃん」


「ク、ク、クレちゃん⁉」


「何か?」


「い、いや、何でもないわ、続けて」


「クレちゃんはここに住んでいるの?」


「え? え、ええ、そうよ。現在はここを拠点にしているわ」


 紅は少し言い淀んだ後、一つ咳払いをして立ち上がり、大袈裟に両手を広げる。


「ようこそ! 鎌倉幕府へ!」


「ここが鎌倉幕府……!」


「そう! まさしくここが鎌倉幕府!」


「頭の悪い会話は止めろ……」


 その時、部屋の障子が開き、明るい髪色をした長身かつ端正な顔立ちの男性が入ってきた。学生であろうか、制服姿である。


「ちょっと! 女の話に聞き耳立てていたの⁉」


「そんな大音声で話していたら嫌でも耳に入ってくる……」


 制服の男性は紅の言葉にウンザリした様子で応えながら、葵の目の前に正座する。


「少々、いや大分不作法ではありますが、この場を借りて大江戸の公方様に恐れ多くもご挨拶をさせて頂きます。私は星ノ条猛時ほしのじょうたけときと申します。良鎌倉幕府の執権を務めております。お見知り置き頂ければ幸いでございます」


 猛時と名乗った男は恭しく礼をした。葵は戸惑い気味に答える。


「は、はあ、どうも……」


「この度はこちらの馬……公方様の心得違いにより大変なご迷惑をお掛け致しましたこと、誠に申し訳ございません」


「あ、い、いえ、大丈夫です」


「今馬鹿って言おうとしたでしょ⁉」


「……事実だろ」


 葵に向かって頭を下げながら猛時がボソッと呟く。


「事実じゃないわよ!」


「ク、クレちゃん、ちょっと落ち着いて……星ノ条さん、頭を上げて下さい。何か御用があったんじゃないですか?」


 猛時はゆっくりと頭を上げる。


「実はそうなのですが、ここではちょっと……」


「構わないわよ、葵っちにも聞いてもらいましょう」


「あ、葵っち⁉」


 葵が驚く横で、猛時がふうっと溜息を突く。


「そういう訳には参りません。余所様にお聞かせするお話ではありません」


「私と葵っちの間で隠し事はナシよ」


「今日初めてお会いしたばかりでしょう」


「分かっていないわね、時期の問題じゃないの。良い? JKでありながら征夷大将軍という世にも珍しい境遇の者同士が今こうして巡りあったの! これはもう何かの縁よ! 運命よ! もはや『ふたりはズッ友!』と言っても過言じゃないわね」


「ズッ友……」


 葵が呟く脇で猛時が目を閉じて頭を軽く抑える。紅が屈み込んで葵に告げる。


「葵っち……ぶっちゃけると、ここは鎌倉幕府じゃないの」


「ええっ⁉ ここは鎌倉幕府じゃないの⁉」


「そう、厳密にはここは鎌倉幕府じゃないの!」


「IQの低い会話は止め! ……お止めになって下さい」


 一瞬、大声を上げた猛時は、葵の手前、すぐに声のトーンを落とす。


「クレちゃん、どういうことなの?」


「う~ん、ついでにぶっちゃけちゃうと……鎌倉幕府、乗っ取られちゃった♪」


「え、えええぇぇぇ~⁉」


 葵はまたも素っ頓狂な声を上げてしまった。

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