乗り込んでみた

                  玖


「えっと……」


 五月も下旬になり、多少は暖かくなってきたとはいえ、葵は背中に多量の汗をかき、季節外れの気分を味わっていた。


「上様、恐れながら謹んで申し上げる! よく聞こえなかったので、もう一度ご発言をお願いしたい!」


 葵と対面に座る短い青髪の青年がやや大きすぎる声で語り掛けてくる。脅かすつもりは全くないのだろうが、その声量のあまりの大きさに葵は思わず体をビクっとさせてしまう。青年が大股を開き、その間に竹刀を逆さに立てて、上に両手を添える、まるで古の侍を思わせるようなポーズを取っているのも、妙な威圧感を与えていた。もっとも、これに関しては葵が自らのことを将軍ではなく一生徒として、いつも通りの対応をして欲しいと伝えたからではあるのだが。


「は、はい、えっと……」


「干支のお話でございますか! 某が好きな干支は辰でございます!」


「い、いや、ち、違います……」


「父がいますか、ですか? 父は当然おります! 大変尊敬しております! 勿論、母のことも同様に! 何故ならば父母がいなければ某はこの世におりません故!」


「……」


 葵は頭を抱え、俯きながら内心こう呟いた。


(どうしてこうなってしまったの?)




 話はその日の昼休みに戻る。


「目玉企画?」


 葵の言葉に爽が頷く。


「そうです。学内選挙も大事ですが、春の文化祭を成功に導くことも大切です。その為にも、この辺りで、インパクトのある目玉企画を将愉会から大々的に発表したいところだと思いまして」


「それなら、先日若下野さんが新緑先生に、『成功すれば学園を大いに盛り上げることが出来る出し物』を三案ほど提案していたじゃありませんか」


 小霧の言葉に景元が頷く。


「そうだな、め組を招いての梯子登り、人気絵師によるライブドローイング、そして、自由恥部でのトークショー配信……だったか?」


「ええ、新緑先生を通じて、学園側にもそれぞれの企画に了承を頂いております」


「ならば、何も問題は無いじゃありませんか」


「何か不満でもあるのか?」


 景元の問いに爽は首を振る。


「いいえ、不満などありませんが、ただ……」


「ただ?」


「無難! 単純! 退屈! ではないかと……」


 突然大声を出した爽にクラス中が振り向く。


「……失礼しました」


 爽がクラスの皆に対して軽く頭を下げる。葵が尋ねる。


「そ、それって……」


「葵様が転校初日におっしゃった言葉です。まあ、今回の企画の場合、単純と退屈というのはあてはまらないと思いますが、その……やや無難な内容かなと感じておりまして」


「要はもう少し刺激が欲しいってことですの?」


「そうです。め組の皆さんによる妙技の披露は皆さんの目を楽しませることでしょう、橙谷さんの描く絵は生徒たちの芸術的感性を大いに刺激するでしょう、北斗さんによる動画配信も昨今の流行を抑えているとは言えます……しかし! 出来ればもう一押し欲しいところです」


 小霧に対して、爽が頷く。小霧は頬杖を突いて、呆れ気味に話す。


「簡単におっしゃいますけどね、そんなアイデア簡単に思い付くわけ……」


「ああ、それならあるよ」


「「ええっ⁉」」


 葵の言葉に、小霧と景元が驚く。爽が冷静に尋ねる。


「どういったアイデアでしょうか?」


「それはね……」


 何故か小声で話す葵のアイデアを聞き、爽たちは少々面食らった様子を見せた。


「そ、それは……」


「ど、どうかしら?」


「え~駄目かな、サワっち?」


「……上手く行けば一石二鳥……」


「サワっち……?」


 俯いて何やらブツブツと呟く爽に葵が恐る恐るその顔を覗き込む。


「葵様!」


「うわっ⁉ な、何?」


 急に顔をバッと上げた爽に葵は驚いた。


「そのお考え、実に魅力的だと思います。ですが、それにはまず体育会に話を通さないとなりません」


「体育会……?」


「そうです、学内選挙においても重要な影響力を持った方々です。近い内にご協力のお願いに参ろうと考えておりましたがその手間が省けました」


「手間って……」


「葵様自ら体育会に赴いて頂き、そのお考えをお伝えするのです!」


「ええっ⁉ だ、大丈夫?」


「誠心誠意お話をすればきっと分かって下さるはずです。そして葵様の人柄に触れることによって、あら不思議! 体育会の面々も我々に協力してくれるはずです!」


「そ、そうかな?」


「そうです! 善は急げです! 早速今日の放課後にも会ってもらうように致します!」


「きょ、今日?」


「ええ、黒駆君!」


「はい!」


 爽の声に応じ、秀吾郎は姿を消した。そしてすぐに戻ってきた。


「放課後、体育会部室棟の会議室でお待ちするとのことです」


「話早っ!」


「では、体育会の会長さんにお会いして、お考えをお伝え下さい」


「う、うん、それはまあ良いけど、本当に大丈夫?」


「なんの、相手はバリバリの脳筋、もとい、肉体派の方ですから、きっと丸め込め……分かりあうことが出来るはずです」


「わ、分かった……それで、その、体育会の会長さんのお名前は?」


青臨大和せいりんやまとさんです」




 時は戻り、再び体育会部室棟の会議室に。葵はありったけの誠意を込め、自らの考えを体育会会長である青臨大和に伝えた。


「……」


「い、如何でしょうか?」


 葵は大和の様子を伺った。大和はしばし目を閉じて、考え込むと、やがて目をカッと見開いて、持っている竹刀をドンと床に突き、こう答えた。


「上様のご提案……せっかくですが一蹴させて頂く‼」


「ええっ⁉ 一蹴って!」


 思わぬ返答に葵は驚いた。

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