字余り

 翌日、毘沙門カフェに集まった将愉会の面々に、爽が礼を言う。


「……という訳で、皆様のさりげないご協力の甲斐もあって、無事に藍袋座さんとの独占交渉権を得ることが出来ました、ありがとうございました」


「協力した覚えはないんですが?」


 小霧がやや憮然とした態度で答える。


「……申し訳ありません。お邪魔をしてしまったようで」


「せめて言っておいてもらえないと困りますわ……」


「なにぶん突然の展開だったもので」


「黒駆が池に飛び込むのを見ていたが……あれがさりげなかったのか?」


 景元が訝しげに呟く。秀吾郎が頭を掻く。


「お褒めにあずかり恐縮です」


「いや、褒めてないぞ……」


「先生に教えてもらったように、庭園に足を運んでみたら、思わぬ収穫がありました。ありがとうございます」


「私は今回大したことはしておりません。礼には及びません」


 葵の感謝の言葉に光太は落ち着いて返答する。


「……おかしいな、俺様は協力した覚えが無いんだが?」


「弾七ちゃんは馬券に夢中だったからね~」


「馬券?」


 光太の眼鏡がキラリと光る。弾七が慌てる。


「おい、余計なことを言うな……!」


「え~? なんかすごい必死に叫んでいなかった?」


「あ、兄上、話がややこしくなりますから……」


 南武が北斗をたしなめる。


「お、おい先生のパフェはまだか⁉」


「あいよーお待たせしやした」


「ありがとうございます」


 進之助がテーブルにパフェを運んできた。光太の意識がパフェに集中し、弾七はホッと胸を撫で下ろす。南武が進之助に話しかける。


「それにしても赤宿さん、昨日は見事な騎乗ぶりでしたね。乗馬経験は長いのですか?」


「ん? いいや、昨日で三回目かな」


「さ、三回目でもうレースを……」


「おう、やってみたら出来たな」


「そ、そうなんですか……」


「凄いことサラッと言っているわね……」


 あっけらかんと言う進之助に葵も唖然とした。


「それはさておき……あの俳人さんはどうされたのですか?」


「ああ、もうちょっとで来ると思うけど……」


 獅源の問いに葵が答える。


「ひょっとして迷っているのかも? 秀吾郎、悪いけどちょっと探してきてくれる?」


「承知しました」


 秀吾郎が姿を消した。


「段々、アタシもあの忍びさんに慣れてきました……」


 獅源は頬杖を突きながら静かに呟く。


「お連れしました」


「ありがとう、秀吾郎……ってえええっ⁉」


 葵は驚いた。体中トリモチまみれになっている一超の姿があったからだ。


「重要な話し合いを妨害されてはならないと、店の周囲に仕掛けて置いた罠に引っかかってしまったようです」


「と、取ってあげて、早く!」


 葵は慌ててトリモチを取り除く様に指示する。秀吾郎に体中にまとわりついたトリモチを取り除かれながら一超は冷静に呟く。


「転ぶ先 トリモチまみれ いと愉快」


「ご、ごめんなさい! 大丈夫でした?」


「予想だに しない展開 不思議かな」


 慌てて謝罪する葵に対し、一超は落ち着いて答えた。


「怒りもしないなんて……流石一流の俳人さんは違いますね」


「極度に鈍いだけじゃねえか?」


 感心する獅源とは対照的に弾七は懐疑的な視線を向ける。


「いらっしゃい、御注文は?」


「この店の 一番の品 我望む」


「ええ?」


「一番人気のものが欲しいんだってさ」


「お、おう、そうか、分かった」


 葵の言葉に進之助は頷く。


「ねえ、俺俳句とかよく分かんないんだけどさ、お兄さん結構な有名なんでしょ? サインくれない?」


「あ、兄上、またミーハーなことを……大体頼み方というものがあるでしょう」


「署名をす 境地にまでは ほど遠し」


「ん?」


「サインは基本断っているんだってさ」


「あ、ああ、そうなんだ……」


 爽が軽く咳払いをして話を切り出す。


「それでは、そろそろ話し合いを始めたいのですが……」


「う~ん、上手くいくかな~? 意志の疎通が取れていないような……」


「いやいや、十分取れていますわよ⁉」


「自信を持って頂きたい!」


 首を捻る葵に思わず小霧と景元が突っ込みを入れる。


「葵様」


「……うん。藍袋座一超さん、短刀直入にお願いするけど、来月末に行われる学内選挙なんだけど、是非私に協力して欲しいの。それと文化系クラブの皆さんにも協力を呼び掛けてもらいたいの」


「文化系クラブの部長さんたちに大層影響力があるとお聞きしております」


 葵の言葉を爽が補足した。弾七が隣に座る獅源に小声で尋ねる。


「文化系クラブに影響力持っているらしいぜ、お前演劇部だろ、知ってたか? 俺様美術部だけど初耳だぜ……」


「お互い幽霊部員だと知っているでしょう、白々しい……」


 少し間を置いて、一超が口を開いた。


「呼びかけを すること自体 他愛ない」


「本当?」


「率直に 尋ねてみたい 見返りは」


「ああ、えっと私たちは『将軍と愉快な仲間たちが学園生活を大いに盛り上げる会』、通称『将愉会』として活動しているんだけど、それは知っている?」


 葵の問いに一超は頷いた。


「話には 聞き及ぶこと 多少あり」


「おおっ! なら話は早い! 私たちは将愉会はその名の通り、学園を盛り上げる為に日々活動しているの。だから学内選挙で良い結果を収めることが出来たら、文化系クラブの皆さんにもきっと喜んでもらえるようにするよ!」


「あいすまぬ ここから先は 独り言」


「ん?」


「皆望む 事柄一つ 予算増」


「あ、ああ……」


「その保証 あれば助力も 惜しまない」


「う、うん……」


「独り言 カフェにてこぼす 以上かな」


「わ、分かった、じゃあ交渉成立ってことで良いかな?」


 一超は黙って頷いた。爽が光太に目をやる。


「……あくまで独り言でしょう。一々どうこう言うつもりはありません」


「……それでは話し合いは無事に済みました」


 そう言って、爽が拍手をする。皆もそれに続く。


「あ~良かった、安心した~」


 葵が軽く天を仰ぐ。そして改めて一超に向き直りお礼を言う。


「どうもありがとう、一超さん」


 一呼吸置き、一超が葵に向かって呟く。


「折り入って 頼み事あり よろしいか」


「え? 何?」


「将愉会 我も加えて 欲しいかな」


「ああ、良いよ、でも何で?」


 一超はやや頬を赤らめ、葵から顔を背けながら呟いた。


「その美貌 クレオパトラか 楊貴妃か」


「違うよ」


「⁉」


 葵のにべもない即答に一超は驚いて周囲を見渡した。周りの皆はそれぞれ首を振ったり、俯いたりした。その反応で彼は全てを察し嘆息しながら呟いた。


「思いの丈 届かぬ心 若葉乗せ」

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