行動開始

「サワっち、大体分かったって本当? 適当に言っていない?」


「高野さんのお話、そして各種社会ネットサービスにここ数日上がっている画像や動画を見る限り、この白猫は恐らくここら辺を活動拠点にしているのでしょう」


そう言って、爽は地図のある一帯を指差した。小霧が同調する。


「恐らくここら辺の店の店主か、近所の子供が餌を与えたのでしょうね。だからこの辺りをウロウロしていると……」


「調べたところ、ここ数日猫を轢いたなどという情報は見当たらないな」


 景元も自分の端末を操作して情報を確認した。


「猫は気まぐれな性格ですが、そろそろ慣れた場所に戻ってくる頃合いでしょう。この辺り、あるいはもっと範囲を拡大して探して見れば、案外早く見つかると思いますよ。そうだ、皆さんにも猫の画像を送っておきますね」


「じゃあ、その辺りを探せば依頼完了というわけですわね」


「ははっ凄いね、皆。これじゃ私いらないね……」


 葵の自嘲気味の言葉に皆が振り返る。爽がフッと微笑んで答える。


「何を仰っておられるのですか、葵様。むしろここからが本番ですよ」


「え?」


「一通目の依頼、お忘れですか?」


「え、この『喧嘩三昧の不良生徒の更生』のこと⁉」


「わたくしとしてはむしろそちらが本題です」


「伊達仁……先程も言ったが、それは我々のするべき仕事か?」


「そうですわ。その不良生徒はなかなかの問題児のようだと専らの噂ですわよ。そんなことは風紀委員にでも……!」


 景元に同意しようとした小霧の動きが止まった。


「……いいえ、やっぱり風紀委員などには任せてはおけませんわね! わたくしたちで解決に導くべき案件でしょう」


「高島津……⁉」


「察しが良くて助かります。葵様も宜しいですか?」


「ま、まあ二人がそう言うなら」


「若下野さん! 猫の捜索の件はどうするおつもりですか!」


「ああ、うん、そうだよね……」


「その点についてはご心配なく」


 爽が再び地図を広げてみせた。


「件の『喧嘩三昧の赤毛くん』もちょうどこの辺りでよくケンカに明け暮れているようです。『二兎を追うものは~』とは良く言いますが、今回はどちらかと言えば『一石二鳥』というやつではないでしょうか。如何でしょう、葵様?」


「ま、まあとりあえずその辺りに行ってみようか」




 約十五分後、葵たちは大江戸城の北に位置する城下町に到着した。


「さて、ここからどうする、伊達仁?」


「猫ちゃんの捜索は黒駆くんと大毛利くんにお任せします。問題児君とのコンタクトはわたくしたち三人が担当します」


「な、そこは逆じゃないのか⁉ 相当な問題児なのだろう?」


「猫ちゃんは狭い場所に入り込んでしまっている場合もありますから、御着物が汚れてしまうのも嫌ですし……まあ、半分冗談ですが」


 そう言って、爽は制服を少し翻してみせた。大江戸城学園の制服は、男子生徒はいわゆる詰襟の学生服であるが、女子生徒は比較的自由で、学園指定の紺色の袴さえ履いていれば、上に着る着物は、ほぼ生徒の自由の範疇なのである(勿論、学生らしく、派手過ぎず、華美過ぎず、という注意点はあるが)。お気に入りの着物を埃まみれにしたくないというのが半分本音であろう。ならば何故動きやすい服装に着替えて来なかったのかと思った景元だったが、今言い争っても無駄だと考え、話を戻した。


「その問題児の喧嘩に巻き込まれでもしたら危ないのではないか?」


「ご心配下さってありがとう。でも大丈夫、無理はしません。それにわたくしたち各々腕に覚えがありますので」


 景元は内心(確かにな)と思った。爽は合気道の達人として、小霧は剣道の有段者として、学園内にその名を知られた存在である。やや気がかりなのが葵だったが、薙刀のなかなかの使い手であるという話は景元も耳にしていた。彼は女性陣には見えないように軽く溜息を突き、彼女たちの方に向き直った。


「承知した。ではなにかあったらお互いすぐに連絡を取り合うことにしよう。では、我々はまずあの辺りを探してみる。……何をしている、さっさと行くぞ、黒駆」


 警護対象である葵から離れるということに難色を示す秀吾郎の様子を見て、葵が彼に近づき、耳元でそっと囁いた。


「ここは男女で別れるのが自然な流れでしょ? あまり私にベッタリだと御庭番だってバレちゃうわよ?」


「⁉ はっ、承知しました! 上様! 参りましょう! 大毛利様!」


 秀吾郎は踵を返し、景元の後を追った。


「背中に背負った忍者刀も何とかした方が良いのじゃないかしら?」


「本当に忍ぶ気ゼロですわね……」


 爽と小霧が呆れた表情を浮かべる。秀吾郎たちを見送った葵が二人の元に駆け寄る。


「私たちはどうする?」


「情報によると昨日も喧嘩をしたそうですわよ。まずはその辺りに行ってみますか?」


「お二人とも分かっていないですわね……」


 爽が静かに首を横に振った。


「ええっ⁉ どういうことサワっち?」


「何か手がかりでも掴んでいるのですか?」


「放課後……華の女子高生が三人も集まれば、向かう場所はたった一つでしょう!」

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