依頼

                  参


「これが目安箱になります」


 放課後、秀吾郎は教卓の上に木で出来た箱を置いた。


「ほう、これは……」


「存外、立派な造りの箱ですわね」


 教壇の周りに集まった小霧と景元が感心する。葵が爽に尋ねる。


「これと同じものを色んな所に?」


「はい。校舎内で目立つ場所、人通りの多い場所、十か所ほどに設置しました」


「十個も作ったのか?」


「黒駆君が一晩でやってくれました」


「一晩で⁉」


「自分は手先が器用なもので……」


 小霧の驚いた声に、秀吾郎がやや照れ臭そうに答える。


「やはりというか、なんというか、只者では無いようだな……」


「そりゃそうよ、景もっちゃん。なんてったって御庭……」


「う、上様⁉」


 秀吾郎が慌てて葵に詰め寄る。


「な、何よ……?」


「正体がバレてしまっては隠密の意味が無くなってしまいます……! 自分が御庭番だということはくれぐれも内密にお願い致します!」


「わ、分かったわよ……」


「なにか投書はありましたの?」


「それをこれから確認しようと思います。黒駆君、申し訳無いですけど、回収をお願い出来ますか? これが箱を開ける鍵です」


「承知致しました。少々お待ち下さい」


 秀吾郎は爽から鍵を受け取ると、首に巻いた黒いマフラーをそっと上げて、口元を隠し、両手を組んで、何やら一言呟き、その場から姿を消した。


「あの一瞬のスピード……! なかなか優秀な忍びだな」


「全然忍べてはいないという点を除けばね」


(何がくれぐれも内密に、よ……)


 葵は内心頭を抱えた。わずか数分で秀吾郎は教室に戻ってきた。


「只今戻りました。鍵をお返しします」


「ありがとう。それで投書はありましたか?」


「はっ! わずか二通ではありますが……」


「二通も来たの⁉」


「初日ですから正直期待していませんでしたが……」


 葵と爽が驚く。


「それで肝心の内容はどうなんですの?」


「お待ちを。上様、どうぞ」


 秀吾郎が折りたたまれた二通の投書を葵に差し出す。


「え、私が読むの?」


「目を通して頂く必要はありますからね。お願い致します」


「わ、分かった。え~っと一通目は……匿名希望の人からだね。『学園にも碌に登校せず、北の城下町で喧嘩三昧の不良生徒がいます。赤毛が目印の少年です。どうか彼を更生させて、学園に真面目に通うように促して下さい。どうかお願いします』……だって」


「……それは果たして我々の仕事なのか?」


「内容を吟味するのは後です。葵様、もう一通は?」


「えっと……あ、これは名前が書いてある、陸上部三年の高野さんって人から、『城下町を走る練習コースでいつも見掛ける猫ちゃんの姿を最近見掛けません。車にでも轢かれたのかと心配です。猫ちゃんを探して下さらないでしょうか?』だってさ」


「不良生徒の更生と猫探しですか……」


「不良生徒の方はあくまで噂ですがよく耳にしますわね」


「それじゃあ猫ちゃんの方の情報だね。秀吾郎、この高野さんから話を聞けるかな?」


 葵の問いかけに秀吾郎は即答した。


「用紙の方に連絡先が記してありました故、すぐに連絡し、こちらの教室まで来てもらいたいとお願い致しました」


「流石、女性が絡むと手が早いですわね……」


「だ、伊達仁様、誤解を招くような発言はお止め下さい……」


 しばらくして、高野が二年と組のクラスにやや警戒しながら入ってきた。


「え、えっと、お悩み相談等何でも受け付けますって今朝の校内瓦版を見て、投書させてもらったんだけど……貴方たちが?」


「ええ、我々が『将軍と愉快な仲間たちが学園生活を大いに盛り上げる会』、通称『将愉会』です!」


「そ、そうですか……」


 高野は秀吾郎の勢いのある返答にやや引き気味になる。葵は秀吾郎の後頭部に軽く手刀を入れる。そして、優しく高野に話しかける。


「驚かせちゃって御免なさい。行方不明になった猫ちゃんの話を詳しく聞かせてもらっても良いですか?」


「良いけど……って、貴女は上様⁉ これは失礼を!」


「ああ! 良いですからそういうの! 話が進まないし!」


 相手が将軍だと気づき、思わず平伏せんとする高野を無理やり立たせて、行方不明の猫について話を色々と聞くことにした。


「……成程、ランニングコースでほぼ毎日その姿を見かけた白い子猫……」


「ええ、とても愛くるしいので、私たち女子部員から大変な人気でした。可愛がったり、ちょっと遊んだり、でも野良だと思ったので、餌などは与えませんでしたが」


「それがこの数日パタッとその姿を見せなくなったんだね……」


「ええ、お店の脇とか、建物の屋根の上とか、色々探しては見たんですが……」


「黒駆君、例のものを」


「はっ」


 爽の声に応じ、秀吾郎は机の上に地図を広げた。葵はその様子を見て、これではまるで、自分の御庭番ではなくて、爽の御庭番ではないかと思わなくも無かったが、ともかく話を進めることにした。


「これはどこの地図?」


「北の城下町を中心とした地図です。高野さん、貴女たちのいつものランニングコースがどの辺りを走っているか線を引いてもらって、さらに猫をよく見かけた場所に印をつけてみて貰えますか?」


 高野は爽の指示に従って、地図上に線を引き、さらに印を付けた。そして猫を写した画像も何枚か提供した。


「大体のことは分かりました。後は我々にお任せ下さい」


 高野は一礼して、教室から出て行った。葵が爽に問いかける。

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