喧嘩三昧の赤毛くん

 数分後、葵たち三人は店の前に立っていた。店の看板には『甘味処 毘沙門カフェ』と書いてある。葵と小霧が訝しげな視線を爽に向ける。しかし、爽はそれを意に介さず店内に入る。二人も続いて店内に入った。そして、適当な丸テーブル席を三人で囲んで座る。小霧が爽に尋ねる。


「で? どういうことなのかしら?」


「どういうこととは?」


「このお店に入った理由ですわよ……」


「う~ん。パンケーキとホットコーヒーで」


「かしこまりました」


 テーブル近くに立つメイド服を着た女性が元気に答える。


「お二人はお決まりになられましたか?」


 爽は対面に座る二人にも見易いように、メニュー表をくるっと回転させた。


「……ガトーショコラ、アッサムティー」


「あ、ピーチパイとローズヒップティーでお願いします」


「かしこまりました。ご注文を繰り返させて頂きます~~それでは少々お待ち下さい」


 メイドが厨房の方に向かったのを見届けた後、爽が話を戻した。


「このお店は美味しいスイーツが揃っていると聞いたもので……」


「え⁉」


「それがこのお店に入った理由です」


「いや、問題児の捜索はどうなったんですの⁉」


「それは勿論いたします。ただその前に女三人、ガールズトークに華を咲かせても罰は当たるまいと思いまして……」


「何を悠長なことを!」


 小霧がテーブルをドンと叩く。それとほぼ同時に二人の女性が店内に入ってきた。


「何だか騒がしいですわね……このお店にしたのは失敗だったかしら?」


「で、ですがお嬢様、目撃情報はこのお店の近辺で最も多いものでして……」


 小霧の顔が険しいものになる。店内に入ってきた二人の女性の内の一人、五橋八千代は葵たちの席の近くを通りながら、彼女らを一瞥し、こう呟いた。


「いくら放課後の城下町と言えども、学園の生徒らしい気品ある振る舞いを期待したいですわね。まあ、田舎大名のお家の方には難しいお話だったかしら?」


「何を……!」


 立ち上がりそうになった小霧の腕を隣の葵がぐっと掴んで堪えさせる。八千代はそんな様子に気付かぬ振りをしながら、葵に話し掛ける。


「若下野さん、何やら珍妙な同好会を立ち上げたようですが……例えば不良生徒の更生などは私たち風紀委員が責任を持って行っておりますので、くれぐれも余計なことは為さらないようにお願いしますね」


 葵も何か言い返してやろうかと思ったが、ここで揉めても何にもならないと判断し、無難な回答を選択した。


「う、うん。私たちは迷子の子猫ちゃんを探しに来ただけだから!」


「ぷっ、迷子の子猫探しですか? それは見つかると良いですわね。学園瓦版の三面記事位にはなるのじゃないかしら? では私たちは2階の予約席で優雅にティータイムを過ごさせて頂きます。ごきげんよう。行くわよ、憂」


 そう言って、八千代は2階に続く階段を上がって行った。憂は葵たちに軽く一礼をして、その後に続いて行った。


「くっ、一々癪に障る女ですわね!」


 小霧が忌々しげに呟く。


「妙な話ですね……」


「妙……?」


 腕組みをした爽に対して葵が問いかける。


「同好会結成の話は今朝の朝一番に校内瓦版の編集部にお伝えました。おかげで紙、電子版ともに、比較的大きくそのニュースを扱って下さいました」


「だから高野さんも目安箱に投書してくれたんだよね」


「ええ、そうです。ただ……」


「ただ……?」


「何故五橋さんはわたくしたちが不良生徒の更生に取り組んでいることをご存じだったのでしょうか? ほんの数十分前に決めたばかりの活動方針ですのに」


「そ、そう言われると確かに……」


「お待たせしました! ガトーショコラとアッサムティーの方―」


「あ、わたくしですわ」


 注文した料理が届き始めたことによって、爽と葵が抱いた疑念は霧消した。




「それで? 副クラス長の真の狙いは何なのかしら?」


「真の狙い?」


「全く白々しい……あの女にわざわざ嫌味を言われる為だけにこのお店を選んだ訳ではないでしょう?」


 ガトーショコラを8割ほど食べ終えた小霧がフォークを2階に指し示しながら、爽を問い正す。爽がフッと笑う。


「流石に誤魔化しきれませんか」


「えっと、どういうこと?」


「例の『喧嘩三昧の赤毛くん』、このお店の前の大通りで喧嘩することが多いようで」


「えっ⁉ 私たち張り込み中ってこと⁉」


「張り込みにしてはいささか呑気ですわね」


 そう言って、小霧はガトーショコラを食べ終えた。


「ちなみにこちらがその赤毛くんのデータになります」


 爽が自身の情報端末から問題児のデータを二人に見せる。葵は何故にそのようなデータを彼女が所持しているのかと少し気にはなったが、あえて聞かないことにした。


赤宿進之助あかすきしんのすけ……これはまたご立派な経歴で……」


「て、停学回数数十回⁉」


「これでよく二年生に進級できましたわね……ん? 顔写真が無いようですけど?」


「あら? 本当ですね。データ更新がされて無いのかしら……」


 爽が端末を確認した次の瞬間、店のドアガラスが派手に割れた。突然のことに客は悲鳴を上げる。葵たちも戸惑い気味にドア付近を慌てて覗き込む。そこには「モヒカン」と呼ばれる髪型をした大男が大の字になって倒れ込んでいた。その大男はやがてゆっくりと起き上がり、店の外へ向かって大声で叫んだ。


「猪口才な小僧め! 名を! 名を名乗れ!」


「赤宿、進之助だ‼」


 店外に立つ、学生服の上に半纏を纏った赤毛の凛々しい顔立ちの少年は高らかに答えた。


「……張り込み作戦大成功ですね」


 爽が冷静に呟いた。

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