第3話 問題解決?

カーテンの隙間から光が差す。

「おはよう、一樹!」

頭の中に声が響く。いつも通りの朝だ。

「ん?」

そこで違和感に気づく。?そんなはずは無い。なぜなら私は今仁実の頭の中にいるはずだったからだ。

「あー」

試しに声を出してみる。その声は確かに音として発され、部屋中の空気を震わせた。

「寝て治るものなんだね…。」

自分のつくりの単純さに呆れつつ、私はため息まじりに言った。

「そうみたいだね」

仁実がそう答える。私同様、少し呆れたような口調だった。それを聞いて私は、仁実への朝の挨拶を失念していたことに気づいた。慌てて仁実に返す。

「おはよう、仁実。」

「うん、おはよう!一樹!」

治ったことを家族に報告しよう。そう思って私は部屋を出、リビングへと向かった。リビングには妹の旭と母がいた。父はこの時間は仕事でいないので、別段珍しくもない、普段通りの景色だった。

「おはよう。体調は大丈夫なの?」

「一樹ちゃん、じゃないや。仁実ちゃんおはよーう!」

こちらを見るや、二人が言った。すこし気まずい思いの中、私は治ったことを伝えた。

「あら、そうなの?それは良かったじゃない。」

「旭はもう少し仁実ちゃんのままでも良かったんだけどなー。ほら、こういうの新鮮だし?」

「人の気も知らないで…。」

旭に返す。別に仁実と変わるのが嫌というわけではなかったが、正直体の自由が利かないのは不便だ。またこういったことがあるといけないと思い、私は病院に行くことを決めた。

「でも一応、病院には行っておくよ。」

私はそう言って、支度をするために自室に戻った。


――少し後――


支度を済ませた私は、母と旭に一声かけた後、扉を開けて外へと出た。風が肌を撫で、服の隙間を通り抜ける。

「ちょっと肌寒いけど、これくらいなら大丈夫そうだね。」

「今ならまだ家に戻って着替えられるよ?」

「ううん、それほどでもないよ。ありがとう。」

仁実の気づかいに返した後、私は病院へと歩いた。病院は徒歩十分程の距離にあり、私たち家族はよく世話になっていた。ハナレ病で入院した時も、そこのベッドを使わせてもらった。

「3か月か…早いな。」

周りに聞こえないくらいの声で私はつぶやいた。3か月。それはつまり、仁実が生まれてからの期間を示していた。仁実が答える。

「僕も一樹とおんなじ気持ちだよ。毎日が驚きの連続で、充実した3か月だった。」

仁実は私から分かれた人格だ。身の回りについての知識は私と同程度だろうが、それを踏まえても彼にとって今の状況は不思議極まるものだろう。私がそんなことを考えていると、視界に見慣れた建物が現れた。目的地の病院である。扉を開けて中に入り、手続きを済ませた。そうして受付前の椅子で腰かけていると、仁実が話しかけてきた。

「ねー、一樹」

「どうしたの?」

待ち時間が長くて退屈したのだろう。そう思って次の言葉を待っていた私は、仁実に不意を突かれることになる。

「病院に来たのは、僕を消す薬をもらうため?」

違うと言わなければ。本能でそう感じた私の脳とは別に、口はうまく動かなかった。

「え…それは…。」

やっと出た言葉は間を持たせるのに全く貢献せず、それでいて仁実の考えを暗示的に肯定した。

「やっぱりそうなんだね。隠さなくても僕は大丈夫だよ。」

普段の明るい様子とは真逆の仁実の声が聞こえる。自分でも何故否定できなかったのか分からない。

「それはお前がお前の体を勝手にお前だけの物と思ってるからだろ。」

そんな声が聞こえた。いや、頭に響いた。だ。違和感や不自然さの欠片が全く見当たらない声。なぜならそれは、私の声だったからだ。

「あなた、誰?」

咄嗟にそんな言葉が出た。しかし私は、心のどこかで自らの問いに関する答えを知っている気がしていた。それが確信に変わる。

「誰も何も、俺はお前だ。それ以外に何がある。」

「急に出てきて邪魔しないでくれるかな?一樹と話してたのは僕なんだけど。」

私と名乗る者に、仁実が返した。

「薬を飲めば俺もお前も消えるんだ。ここは協力してこいつを体から追い出すほうが賢明だと思うが。実際お前も大丈夫と言いつつ声が震えていただろう?」

「それは…」

「薬は飲まないよ。」

仁実が言い淀んだタイミングで私が言った。否定するならここしかない、そう思っていた。と、

「解村さん、どうぞ」

受付の人の声が聞こえた。私ははっとして椅子から立ち上がり、診察室へ向かった。


私は医師に、体の自由が利かなくなったこと、分かれた人格が表に出たこと、その声が周りに聞こえたこと、そして先ほど現れた私と名乗る者のことを話した。

「なるほど。分かれた人格に体を支配されたと。」

「支配?ふざけるな!この体は元々俺たちの物だ!」

医師の言葉に、私と名乗る者が答えた。頭の中に強い怒号が響き、仁実がこれに反発した。

「違うよ。この体は一樹の物だ。君が何かは知らないけど、黙っててよ。」

仁実もまた、静かに怒っていた。薬の服用をすぐに否定できなかった私なんかをかばってくれたと、ついそう思ってしまった。そこで、うーんと唸った後、医師が言った。

「ハナレ病の症状でそういった例は稀でね、まだ1000人も確認されていないんだ。でも解決策はあるよ、もう予想はついてると思うけどね。」

「はい…、けれど一応聞かせてください。」

おそらく解決策は薬の服用だ。そう思った私の予想は見事に的中した。

「薬を飲んでその症状が消えたという報告が多く上がっている。解村さんが良いと言うなら、薬を処方させてもらうけど、どうしたい?」

答えは決まっている。もう仁実にあんな形で大丈夫とは言わせない。

「薬は飲みません。」

強い覚悟とともにそう言った。私はこの選択と覚悟が何の役にも立たないことを、後から知ることになる。

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