ルネアの研究

 そんな訳で俺はルネアが普段研究の際に使っている部屋に向かった。

 俺は魔術師は部屋を散らかしている人が多いイメージだったが、本棚、道具棚、作業机ときれいに片付けられているので初めての俺でもやりやすそうだった。


 ここはルネアにとって言うなれば仕事部屋であり、日によっては自室よりも過ごす時間が長いこともあるらしい。

 現在ルネアが研究しているのは離れた場所同士で会話できる魔道具らしい。これが発展すれば災害や戦争の際に現場から王都に素早く状況を伝えることが出来るようになり、迅速な判断が可能となるだろう。


 基本的に魔道具というのはコンパクトな形状の中にどれだけ細かい術式を書き込めるかが勝負となる。極端な話、家ほどの大きさの装置に大量の魔力を注ぎ込んで動くものを作るのであれば大体の魔術師に出来る。


 通信魔法をどのように起動するかという問題はあるが、ルネアがしているのは風魔法の効果を限界まで高め、音を遠くに伝えるという方法だ。


 そのために腕輪ほどの大きさの装置にびっしりと術式を書き込み、魔法の効力を高めていく。俺であればどういう術式にすれば効果が高いかを論理的に考えてやっていくところであるが、ルネアはそれを感覚でやっていたらしい。

 例えて言うと、「A+AB+B+BC+C+CA」と「AA+BB+CC+ABC」がABCがどのくらいの値だとどちらの方が高い数字になるのかを感覚的に分かるようなものだ。そんな風に彼女はたくさんの術式から効率がいいものを感覚で選び、付け足していっていた。


 当然俺はそんなことは出来ないので、ルネアがやっていたことを理詰めで進めていくことになる。もちろん感覚と論理では一致しないところが出るため、ルネアが出した答えと俺が出した答えが一致しないこともあり、そのたびにルネアの感覚がずれているとか俺の計算が間違っているとかを検討することになるのだが、俺はそういう作業にはまってしまった。


 ふと部屋の外から足音が聞こえてきて俺は我に返る。


「あれ、大分集中してしまったな」


 気が付くとすでに外は夕暮れになっていた。


 振り向くと、そこにはあきれ顔のルネアが立っていた。


「そんなに楽しい?」

「ああ。今まで戦うばかりであまり理論的な研究はしてこなかったけど、楽しい」


 俺の言葉にルネアは理解出来ない、というように首をかしげる。


「私も勉強自体は嫌いじゃないからしばらくこれ続ける?」

「ああ。むしろ俺がやっているところがひと段落してからじゃないとルネアに引継ぎ出来ないからな」


 俺とルネアでは全くやり方が違うため、きりのいいところまで終わらないと引継ぎが出来ない。


「……何であなたの方が乗り気になってるの。意味が分からないわ」


 ルネアはそんな俺を見て首をかしげるのだった。





 それから数日間、授業時間は全て自習にして俺はルネアの仕事を代わりにすることになった。

 もはや家庭教師でも何でもなくなっているが、幸いなことにルネアの勉強はきちんと進んでいるようだったのでとりあえず良しとする。


「よし、ようやく終わった」


 とりあえず魔道具に必要な術式の一部をくみ上げた。これで残りの作業はルネアに返すことが出来る。

 今日は珍しく顔を上げると、まだ夕方までは時間がある。


「ルネアは他にどんな仕事をしているのだろうか」


 せっかくなので俺は作業机の周りにある記録などを掘り返して読んでみる。そこにはそれまでのルネアがやってきた研究などが書かれていた。もっとも、感覚的に行われている研究の記述なので、読んでもよく分からないことも多かったが。


 そこでふと俺は机の中から一振りの剣を見つけた。悪くはない品だが、王族が持つほどのものでもない。小ぶりで、どちらかというと子供が使うぐらいの大きさだった。


「これは誰のものなんだ?」


 基本的にこの部屋を使うのはルネアだけらしい。他の者も入ることはあるが、魔法の研究に関係する人ばかりだという。だとすればこの剣の持ち主はルネアしかありえない。何かの魔道具なのかとも思ったが、そんな風にも見えない。

 ということは思い出の品か、もしくはルネアにとって大事なもの、そこまで考えて俺はふと思い当たることがある。


「もしかしてルネアは本当は剣がやりたかったのか?」


 そもそも彼女は女性な上、どちらかというと体格がいい方ではなくむしろ病弱な方にも見える。だが、だからといって彼女の本心がどこにあったのかはよく分からない。もし他にやりたいことがあったが、才能により進む道を決められてしまったのであれば。


「どうしたらいいんだろうな」

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