ルネアと魔法
その後も俺はルネアの授業を続けたが、なかなか彼女のことを知る糸口はつかめなかった。エリサやミュリィと違い、ルネアは最低限の会話だけで済ませようとするし、授業自体は可もなく不可もなくという感じで進んでいくので、強いて深堀する必要も感じない。
そんな訳で俺も次第に、ルネアの性格については介入しなくてもいいのかと思えてきてしまった。そんなある日のことである。
「あまり教えるのうまくなくて申し訳ないな、俺は元々教師ではないから不慣れで」
たまたま教え方がうまくいかなかったところがあったので、俺はそう言って謝った。すると珍しくルネアの方から俺に質問を投げかけてくる。
「そう言えばあなたは何で教師をしているんだっけ?」
それも知らないぐらい俺に無関心だったのか、と正直思ってしまうが一応答える。
「魔王を倒した時に呪いを受けて魔力が本調子じゃないからだ」
「じゃあ教師って別に好きでやっている訳じゃないの?」
ルネアの問いに俺は少し考える。嫌いとまでは言わないが、本音で答えるなら肯定になる。
もちろん今の仕事自体は充実していると思っているが、それはあくまで三人とも教え子がいいからだ。エリサは口では嫌がるそぶりを見せるが、仲良くなれば授業は聞いてくれるようになったし、ミュリィも一生懸命ではある。ルネアも授業進行自体は問題なく進む。だから色々問題を抱えていたり、ルネアが素っ気ない態度をとったりしてもそこまで苦痛ではなかった。
これがもっと学ぶ気がない人とか、会話が通じない人だったらそこまでして教えたい、とは思わなかったかもしれない。結局のところ俺は教師にやりがいに感じているというよりは彼女らと関われて充実している、という感じだろう。
とはいえ、この場面で頷くのもどうかと考えていると、ルネアには気づかれてしまった。
「まあ、嫌いとは言いづらいわね」
「別に嫌いではないが」
「好きでもない、ていうことね」
普段なら脱線はこれで終わりすぐに授業に戻っていく。だが今日のルネアは少し違った。
少しだけ考えた末、さらに俺に追撃の問いを発してくる。
「じゃああなたはもしこの仕事で成果を出して父上に『一生王都で教師をやれ』って言われたらどう思う?」
「……そんなことはないだろ。自慢じゃないが俺の力は魔物討伐に必要なはずだ」
「でも、魔王がいなくなった以上もしかしたら魔物が根絶される日もくるかもしれない。これはそんな仮定の未来の質問」
俺はかわそうとしたが、ルネアは逃がすまいと回り込んでくる。
普段余計な話を一切しないルネアがここまで掘り下げてくるということは何かあるのだろう、と思った俺は出来る限り真面目に答えることにする。
「どういう選択をするかは分からないな。それこそ魔物がいなくなっていたら冒険者に復帰することは出来ないだろうし、それに従うかもしれない。でも、いい気持ちにはならない気がするな」
そもそも自分の生き方を他人の命令で決められたくない、と思ったところで俺ははっとする。
国王は他人に命令するのが仕事だし、王宮に仕える人々は国王か、もしくは国王の家臣の誰かに命令されて仕事が決まる。貴族に仕えている人とかもそうだろう。
俺はずっと冒険者をしていたから忘れがちだが、実際のところそういう生き方を強いられている者は多い。
「……もしかして、ルネアもそうだと言いたいのか?」
俺の問いに彼女はしまった、という表情をする。
「しゃべりすぎてしまったわ。授業に戻ろう」
「俺に答えさせたんだからルネアも答えてくれたっていいだろ?」
「そんなようなものね。ただあなたと違うのはあなたは教師を一生懸命やっているけど、私はそういう訳ではないということぐらいだわ」
「そうなのか?」
俺は詳しくは知らないが、ルネアはいくつも魔道具の開発などを行ってきた実績があるという。俺は戦闘メインだが研究という点でみれば俺に劣らぬ功績を挙げているといえるだろう。その彼女からまさかそんな言葉を聞くことがあるとは。
俺はそんな彼女にどうすることが出来るかを考える。そして一つの奇策を思いついた。
「そうか。ならしばらくの間俺がルネアの仕事を代わる。その代わりルネアはその間勉強を頑張ってくれ」
「は?」
俺の提案にルネアは意味が分からない、という反応をした。まあ当然だろう。
「俺は勉強を教えるよりも魔法の研究する方が気に入っているし、ルネアは俺に教わらなくても自分で勉強は出来るようになるタイプだろう? だったら自習の方が効率的じゃないか?」
「それはまあ、確かに」
俺の言葉にルネアは頷く。
「じゃあもう授業は終わりだ。授業範囲はここにまとめてあるから好きに勉強してくれ。いずれテストするからそれさえ合格点なら問題はない。だから、ルネアが今仕事としてやっていることを俺に教えてくれ」
「分かった。やってくれるならこれほど楽なことはないわ」
こうして俺たちはなぜかお互いの役割を交換することになったのである。
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