ルネア編
ルネアと初授業
そんな風にエリサとミュリィの授業をしている間に俺は並行してルネアの授業も行っていた。
初授業の日、俺はエリサやミュリィの時よりも緊張しながら部屋に向かった。二人は俺に対して友好的だったが、ルネアはそうは見えない。単に誰に対しても無関心なのだろうか。
部屋で待っていると、彼女は授業開始時間直前に入って来た。
「俺が教師のメルクリウスだ。よろしく」
「よろしく。一応最初に言っておくけど、私はどの学問も最低限の勉強しかやる気はないから」
「お、おお」
いきなりきっぱりと断言されて俺は少し面食らう。学校に通う生徒の中には試験で落第しない最低限の勉強しかしない者もいると聞くが、まさか自分がそういう人物にあたるとは。しかもいきなりそれを面と向かって宣言されるとは思わなかった。
思ったよりもずっととっつきづらい。
「ま、まあとりあえず今日は初回だから半分は雑談みたいなものだし、気楽にやろう」
「そう」
相変わらずルネアは取り付く島もない。いや、エリサやミュリィが初対面なのに友好的過ぎただけでこれが普通なんだ、と俺は思い直す。
「ルネアは好きな教科とかあるのか?」
ミュリィの時は失敗したが、ルネアは魔法が得意だと聞いている。彼女が魔法、と答えてくれれば俺はそこから話
題を広げようと思っていた。
「……別に」
が、俺の予想に反してルネアは冷たく答えた。
「ルネアは魔法が得意だって聞いたが」
「そうよ」
ルネアは短く肯定する。要するに、得意だけど好きではない、ということを言いたいのだろうか。これはミュリィの時と同じように初手から地雷を踏んでしまったのかもしれない。
「じゃあ勉強以外でもいいから好きなことはあるか?」
「あるって言ったらどうするの?」
ルネアに問い返されて俺はまたまた困惑する。正直どうするとかではなく雑談のとっかかりとして聞いただけなのだが、そのまま言ったら「じゃあ言わなくていいでしょ」とか言われそうだ。
「授業をする以上、俺はルネアのことをよく知りたいんだ」
「別にお互いのこと知らなくても授業は出来るでしょう?」
「まあそれはそうだが」
これ以上言っても平行線になるだけだろう、と思った俺はこれまで習った範囲の確認に移る。色々確認してみると、確かに覚えているべきことは半々ぐらいしか覚えていないが、魔法の勉強が出来るだけあって頭は悪くなさそうだ。真面目に勉強すれば勉強も出来るようになるのに、と思ってしまう。
「……なるほど、大体これまでの状況は分かった」
「じゃあ今日はもう終わりでいい?」
ルネアは何事にも端的に答えるので、確認自体はさくさくと進行した。むしろ彼女もさっさと終わらせたいという気持ちがあったに違いない。
「待ってくれ。せっかくだし、何か得意な魔法を見せてくれないか?」
これは特に何か深い意図があった訳ではないが、言ってみる。
「やっぱり私は“魔法が得意な第二王女”というイメージなの?」
「ああ、そうだが」
ルネアの表情は読み取りづらいが、わざわざそう尋ねてくるということはそう思って欲しくない、もしくは何かが物足りないのだろう。
「まあいいわ、じゃあ一回魔法見せたら今日はもう終わりってことで」
「あ、ああ」
「では、ファイアーボール」
一瞬室内でそんなものを使うな、と言おうとしたが彼女が使用した魔法は俺が思っていたのとは違っていた。
ルネアの手の中に出現した炎の球は五センチほどの小さいもので、彼女の手の平の上をぴょんぴょんと跳び回っている。そして数秒間それを見せると、ルネアは炎の球をぽいっと放り投げるような動作をした。すると炎は部屋の隅の床の上に落ちている小さいほこりにぶつかった。そしてほこりを焦がして消滅する。
「……もしかして今の、狙ったのか?」
もしあのほこりを狙ったのだとすれば、とてつもないコントロールだ。あのような小さな炎で、小さな的に狙って当てることは俺でも出来ない。
「そうよ。そう言えばあなたは賢者らしいけど、賢者から見ても今のってすごい?」
「そうだな。すごいと思う」
俺が答えると、ルネアは興味なさげに「ふーん」と言って席を立った。
ルネアの魔法ですごいのはその魔法制御能力だろう。彼女は魔力をまるで手足のように器用に動かしている。それはおそらく天性の感覚だ。
だが、言い換えれば今の実演は才能をひけらかしただけで、それ以上のものではない。
要するにルネアにとって魔法というのはその程度のことなのかもしれない。そう考えると、ルネアの魔法に対する冷めた態度の理由も少しは分かるような気がした。では他に何かルネアの心を動かすようなことはあるのだろうか。それともルネアにとって全てのことはそんな感じなのだろうか。
いっそ俺がルネアを上回る魔法の力を見せて彼女の心を揺さぶるという選択もあるが、そうしたところで彼女の心がいい方向に動くとも思えない。
最低限のことはやると言った通り、一応授業も真面目に聞いてくれる以上このままでいいと言えばいい。だが、俺は彼女の態度の何かが引っ掛かり、授業だけに集中することは出来なかった。
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