シンシア
「ヒーリング」
病院を出た私は自分の身体に回復魔法をかける。入院している間に魔力は少し回復していたので体力の回復ぐらいは出来た。どうも私は魔王の呪いにより魔力を削られていただけで、肉体的な怪我自体はそこまででもなかったらしい。それもやはりメルクが私をかばってくれたおかげだろう。
「メルク……」
そのことを思うと後悔が止まらなくなる。自分がメルクに一方的に守られるほど弱くなければ。メルクに守られて気絶せず、グレゴールがメルクを追放するときに目を覚ますことが出来ていれば。私がメルクを防御魔法で守れていれば。
そんな後悔はつきない。
元々私があのパーティーにいたのはメルクのことを密かに慕っていたからだった。リーダーのグレゴールの自分勝手な振る舞いを見るたびに脱退したいと思ったが、それでも堪えてきたのはメルクが一緒にいたからだった。メルクは常に他のメンバーに気を遣ってくれたし、私のことも何度も助けてくれた。そのメルクが抜けてしまった以上もはや用はない。
私はまず隣町のメルクが治療を受けたという神殿に向かった。そこで聞いた話によるとメルクは国王に呼ばれて王都に向かったという。そこで私も王都を目指して旅をすることにした。
メルクは大丈夫だろうか。魔力が全部回復していない以外体調は回復したらしいけど、王都にはグレゴールのようにメルクの力を利用するだけしようとする人もいるかもしれない。そう思うといても立ってもいられなくなってしまう。
そんな私の心配をよそに王都は魔王が討伐されたことでにぎわっている。そんな場合ではないのに、と叫びたくなるのをこらえながら私はメルクの消息を尋ねて回る。
何人目かの人に尋ねると、彼は「ああ、メルクリウスさんか」と言って教えてくれる。
「そう言えば王女殿下の家庭教師に任命されたらしい」
「え、そうなの!?」
それを聞いて私は驚いてしまった。確かに呪いで魔力が減っている以上、魔物との戦いに復帰するよりも知識を生かすというのが妥当ではあるが、それでも王女の教師というのはすぐには信じられない。
「嘘……それはエリサ殿下? ルネア殿下? それともミュリィ殿下?」
「いや、俺が聞いた話だと三人同時って話だ」
「三人同時!?」
一人でも信じられないのにまさか三人同時とは。
それを聞いて私は驚きと同時に嫌な予感に襲われる。私が言うのも何だが、メルクは魔法の研究以外には興味がない振りをしていて何だかんだ他人が困っていると面倒を見たがるところがある。私がパーティーに入ったばかりの時も魔法や冒険についての悩みを親身になって聞いてくれた。それに魔王戦の時のように体を張って私を守ってくれたような男気もある。
そんな人が年頃の王女殿下たちの教師になれば、彼女たちはメルクが自分に気があるのではないかと勘違いしてしまうのではないか。そして彼女たちもメルクのことを好きになってしまう可能性がある。
そう思うと私はいても立ってもいられなくなったが、いったん深呼吸して落ち着くことにする。
「そうだ、とりあえず本人に会う前にどういう状況なのか確認しないと」
それによってメルクとの再会の第一声をどうするか考える必要がある。普通にお礼から入ると「ただの昔のパーティーの人」と思われてしまうかもしれない。ライバルがいなければそれでいいが、もしいるなら悠長なことはしていられない。
そう考えた私はとりあえず王宮に魔王討伐の報告と言って入ることにした。一応神官のシンシアと言えば知名度はあるらしく、私の申請はあっさりと通った。
私は国の偉い人に魔王討伐の顛末を報告したが、おおむねメルクの報告と同じだったらしく、恩賞が与えられた以外は特別な反応はなかったし、私もそれはどうでも良かった。
「……そう言えばこの城では私の元同僚のメルクリウスが働いていると聞きましたが」
そう言えばも何もこれが私の本題だったが、何気ない風を装って尋ねる。
「はい、その通りですが。お会いになられるのであれば使者を送りますが」
「待って。彼がどこでどうしているのかを教えて」
「でしたらあの家に住みながら王女殿下三人の教師をしておりますが」
そう言って偉い人は王宮の一角にある家を指さす。
「ありがとう」
そう言って私はその場を離れると家に向かう。
すると、ちょうどメルクリウスは家をでたところだった。私はベールを被って顔を隠すと彼の後をついていく。こうすると普通の神官にしか見えないはずだ。
メルクは王宮の一室に入っていたが、やがてそこへエリサ殿下とミュリィ殿下が入っていき、三人で楽しそうに何かを話しているのが聞こえてくる。それを見て私の危惧はどんどん大きくなる。
「ホーリー・イヤー」
正直こんなことに魔法を使うのも良くないと思ったが、今は非常事態だ。私は少し離れたところから魔法の耳で会話の内容を聞き取る。
「じゃああたしの授業も一回姉妹団らんにしてもいい!?」
「エリサはだめだ」
「そんな!?」
「だっていつも授業ペースぎりぎりだろ」
聞こえてきた会話を聞いて私は愕然とする。普通王族と教師と言えばもっと厳粛な授業が行われるのかと思っていたが、思ったよりも三人は打ち解けて会話をしているようであった。
そしてメルクはあろうことか授業をせずに部屋を出ていく。残った二人は他愛のない雑談を始めるのだが、私は一言一句逃さず聞き取ろうと耳を澄ませる。
最初はただの近況報告だったが、私の予想通りやがて話題はメルクのものへと移り変わっていく。そしてその話題を聞いた私は再び愕然としてしまった。
「え、二人きりで特訓!? 婚約を流すために決闘!? まさかメルクがそんなことまでしていたなんて……しかも聞いている限り、二人ともメルクのことを好きみたいだし。まさかちょっと病院で寝ている間にこんなことになるなんて思わなかった」
幸いなことに二人の話を聞いていると、メルク自体は彼女らに生徒に対する以上の好意は持っていないようだが、それはパーティー仲間としてしか見られていない私にも言えることである。
こうしてはいられない。ここまで事態が進行してしまっている以上何か逆転の手を打たなくては。そう決意して私はこの場を離れるのであった。
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