ミュリィとエリサ Ⅱ
「こうして二人で話すのって久しぶりだね。いつ以来かな」
メルクリウスが去った後、二人きりになるとエリサはそう言ってミュリィに語り掛ける。
「どうでしょう。そもそもこれまで二人きりになったことなんてありましたっけ」
「あはは、そう言えばそうだね」
ミュリィの言葉にエリサは苦笑する。
が、すぐにエリサは真顔になった。
「あの時はごめん。別にミュリィを馬鹿にしているとかそういう気持ちはなくて、幼かったから全然気持ちも回らなくてあんなことしちゃった」
「いえ、いいんです。エリサ姉様が私のことを思いやってそうしてくれたっていうのは分かっていたので。でも、それが分かるからこそ私は辛かったんです」
「そうだよね。そこまで気づくべきだった。本当にごめん」
「こちらこそ、私が変に気にしてしまったせいで姉様から話しかけづらくしてしまってすみません」
そう言って二人は互いに頭を下げる。
が、エリサはすぐに顔を上げると笑顔を浮かべる。
「じゃあ、お互いどっちも悪いということでこの件はなしにしよっか」
「そうですね」
それから二人はお互いがあまり話さなかったここ数年の近況に花を咲かせる。他愛のない雑談であったが、それこそがこの二人の間に不足していたものでもあった。話していくうちにだんだん二人とも打ち解けていき、普通に話せるようになっていく。
やがて話はだんだんと最近のことに向かっていった。
「そう言えば姉様は隣国のハルト殿下との結婚話が流れたらしいですね」
「そうね」
エリサはその時の騒動のことを思い出しながら答える。
「姉様はやっぱり殿下と結婚したくなかったんですか?」
「何で分かるの?」
「だってそうじゃなかったら先生がわざわざ隣国の王子と決闘なんてする訳ないと思いまして」
ミュリィの言葉にエリサは苦笑する。
「それはそうだね。あれは完全にあたしのためにしてくれたんだと思う」
「いいですね、そこまでされるってことは先生に好かれているってことじゃないですか」
ミュリィは羨ましそうに言うが、エリサは首をかしげる。
「いやー、それはどうかな? あの人頭はいいけど肝心なところで鈍いから。多分そういう意図はなくて助けてくれたんだと思うよ」
「え、そういう意図がなくてあそこまでそこまでしてくれるなんてことがあります?」
「普通はないけどメルクはそういう人じゃない? だからこそミュリィのことも授業と関係ないことまで面倒みてくれたんだと思うけど」
「そうだったんですか。ということは別に先生は姉様のことが好きな訳ではないんですね」
無意識のうちにミュリィはほっとする。
が、それをエリサは見逃さなかった。
「今ほっとしたでしょう」
「べ、別にそういう訳では……」
「でも逆に考えてみて、あれで脈ありって訳じゃないんなら多分ミュリィにもそういう気持ちはないよ」
「え……それなのに二人で泊まって特訓なんてそんなことあります? いやありますね」
そう言って二人は苦笑し合う。
やはり共通の話題があると話ははずんだ。
「ということはまた姉様がライバルですか。これは難しい戦いになりますね」
「いや、当然のようにあたしがメルクを好きなことにしないでよ」
「違うんですか!? さっきから会話の流れ的にそうだったじゃないですか! これじゃ私だけカミングアウトしてしまって恥ずかしいです」
そう言ってミュリィは俯く。
「そりゃあね。ちょっと格好良くて優しくて結婚相手はああいう人がいいなとは思うけど、別に好きとかはね」
「いや、結婚相手として見ている時点で好きを超えてるじゃないですか」
「別にそんなことは全然ないけど、ただこれから婚約者候補が出てきたらどうしても比べちゃうところはあるよね」
「そ、そうですか」
そこまで言っておきながらなお気持ちを認めないエリサにミュリィは驚く。
「まあでも、だからといって安心は出来ないから」
「どういうことですか?」
「あたしの見立てだとルネアとかも大分ほだされてるし、最近は彼の元知り合いの神官の女性も彼を探してるっていう話も聞いたし」
「本当ですか!? あの堅物のルネア姉様が……」
魔法にしか興味がなさそうなルネアのことを思い出してミュリィは驚く。が、言われてみればメルクリウスは賢者である。そういうところで通じ合うところがあってもおかしくはない。
「まあそれはあくまであたしの勘だけどね」
「だって姉様の勘、よく当たるじゃないですか」
人間関係においてはエリサの勘はしばしば当たる。ミュリィの時も、手加減がばれなければエリサの判断は正しかったと言えるだろう。
「ちなみに、姉様の勘だとその元知り合いの方はどんな方なんでしょう?」
「うーん、元カノが復縁しようとしているとか?」
「そ、そんな!」
すぐに今回ばかりは外れだったと分かるが、もう少しして当たらずとも遠からずであることが明らかになるのである。
こうして二人は他愛のない話を存分に楽しむのであった。
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