ミュリィと特訓 Ⅲ

「戻ったぞ」

「はい、お帰りなさい、と言うのも変ですが、大丈夫でしたか?」


 俺が離宮に戻るとミュリィは本から顔を上げてこちらを不安そうに見つめる。


「ああ、どうにか許可は出たし色々荷物も持ってきた」


 俺の返事を聞いてミュリィはぱっと顔を輝かせる。


「ありがとうございます。無理言ってしまってすみません」

「いや、俺は大丈夫だが……陛下はかなり心配してたから終わったら安心させてあげてくれ」


 ミュリィは若干意外そうな顔をする。


「そうなんですか?」

「ああ。ミュリィに指一本でも触れたら許さないと言われたぞ」


 俺の言葉にミュリィは若干がっかりした表情になる。


「そういう心配ですか。別にそれくらいはいいんですけど……あ、いや、嫌らしい意味ではないですよ?」

「お、俺も別にそんなことは考えてない。せっかくご飯持ってきた訳だし夕食にするか」

「そうですね」


 俺はテーブルの上に王宮でもらってきたパンとサラダ、そしてローストビーフを広げる。

 先ほどまで勉強机だったテーブルは料理を広げると食卓に様変わりした。王宮の豪華なテーブルとは程遠いが、それでもミュリィは楽しそうだった。


「こうして周りに人がいないところでご飯を食べるのは何か新鮮です」

「そうなのか? ミュリィは三女だし、一人でご飯を食べることぐらいあるだろ?」

「もちろんありますが、大体は王宮か神殿なので無意識のうちに気を張ってしまうんです。そう考えると今は結構楽ですね。体力的には疲れていますが」


 確かにミュリィは少し眠そうだ。朝も早かったからな。


「今日は夕食後は自由にして、早く寝ることにしよう」

「え、でも大丈夫ですか? あと二日しかありませんし、私はまだ大丈夫ですが」

「明日も早いから今日は終わりにしよう。それにもう魔力もあまり残ってないだろう?」

「それは確かに。先生はこの後どうしますか?」

「ああ、あまり考えてなかったな」


 そもそも泊まる予定がなかったというのもあるが、家に帰ってもあまり変わらない。さっさと寝るか本でも読むか、ぐらいだった。

 が、急にミュリィがこちらを見て神妙な表情になる。


「でしたらあの……もしよかったらでいいのですが、お願いがあるんです」

「何だ?」

「私が好きなお話があるんですが、それを読んでいただけませんか?」

「読み聞かせってことか」


 そう言われて俺は少し驚く。ミュリィはもう十三で、しかも王族の十三というのは平民の十三よりも早熟であることも多い。少なくともミュリィはそちらのタイプに見えた。

 が、そこで俺はふと気づく。

 そして俺がそれを口にする前にミュリィは口にした。


「幼いころ母はよく寝る前に物語を読んでくれたのですが、実は私の母は体調を崩して故郷に帰っているんです」

「そうだったのか」


 俺はミュリィの母親がどうしているのか気になったが、そういうことだったのか。治療だけで言えば王都にいる方が高度なものを受けられるかもしれないが、やはり気疲れというのはあるだろう。ミュリィの親は身分が高くないと聞くし、そうであればなおさらだ。

 そういう家庭事情もあって彼女はこれまで気を張って生きてきたに違いない。


「やっぱり十三にもなって幼いですよね」


 俺の沈黙に不安になったのか、ぽつりとつぶやく。

 さすがに「幼くない」と否定するのは無理があるので俺は話題を変える。


「でもいいのか? それは母上との大事な思い出なんだろう? 俺はあくまで先生であって母親の代わりにはなれないと思うんだが」

「そうではありませんよ。誰かの代わりとかではなく、先生だからこそ頼んでいるんです」

「え、俺が?」


 ミュリィの言葉に俺はいまいちぴんと来ない。俺だったら魔法を教わっている師匠がいるとして、修行以外のプライベートでまで仲良くしたいかと言われるとしたくないのだが。

 俺が戸惑っていると、ミュリィは少し拗ねたような表情になる。


「分からないならもういいです」

「いや待ってくれ、ミュリィが俺でいいなら俺にさせてくれないか?」


 ミュリィの本心までは掴みきれなかったが、せっかく彼女が幼く思われるという恥ずかしさを忍んでまで俺に読み聞かせを頼んでくれたんだ。俺としてはそれに応えて彼女にもっと頼られるようになりたい。


「……分かりました、そこまで言うならお願いしますね」

「分かった」


 離宮には部屋がいくつかあり、俺たちは暫定的に授業と食事に使う共用の部屋、俺の部屋、ミュリィの部屋を決めていた。


 食事を終えると俺は読み聞かせをするためにミュリィの部屋に向かう。ノックをすると小さく「どうぞ」という声が返ってくる。ドアを開けるとそこには夜着に着替えたミュリィがベッドに腰かけて待っていた。別に暫定的に決めただけではあるのだが、それでも女子の部屋に入るというのは、二人きりということもあって緊張する。


「これです」


 そう言ってミュリィが手渡したのは一冊の古い絵本だった。

 ストーリーはよくあるもので、魔法で一日だけきれいな姿を手に入れた貧しい女の子が王子様と出会って結ばれるが、やがて魔法の期限がやってくる、という話だ。そして魔法がきれた女の子は元の暮らしに戻るが、最終的に王子様に見つけ出されるというお話である。


 普通は平民の子がファンタジーとして読むのだが、母親が平民の出で国王と結婚しているミュリィには他人と違った感じ方があるのだろう。


「じゃあ読むぞ」

「お願いします」


 俺が本を読んでいると、ミュリィは懐かしさや安心が入り混じった表情になっていく。

 俺の方は彼女の思い出を変に壊してしまわないか緊張しながら読み進めた。


「……と言う訳で二人は幸せに暮らしました。めでたしめでたし」

「ありがとうございます」


 俺が全部読み終えると、ミュリィは安らかな表情になっていた。


「じゃあおやすみ、また明日」

「はい、また明日」


 そう言ってミュリィは目をこする。

 こうして俺は彼女の部屋を出た。

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