ミュリィと特訓 Ⅱ
「よし、ご飯も終わったところでいよいよ魔法の練習に入るか」
「はい」
午前の練習、特に魔力の制御が出来たことに自信が出てきたのか、ミュリィの表情は少し明るい。
俺たちは再び外に出ると、少し離れて向かい合う。
「早速やってみてくれ。ミュリィは十分魔法を使える能力はある。だから後は神様の力を借りるだけでいいってことを頭に置いてくれ」
「はい……『ヒーリング』」
彼女の魔法は初めて見た時よりも少しだけましになったものの、やはり持っている魔力に比べると効果は薄い。それでも、若干でも改善しているということは俺がやっていることは正しかったということだろう。ここで俺まで自信を失ってはいけない。
「大丈夫だ、手順は合っている。その調子で何度でもやってくれ」
「分かりました、『ヒーリング』」
さらにミュリィは何度も魔法を唱えるが、なかなか効果は上がらない。
「よし、次は『ホーリー・シールド』だ」
頃合いを見て俺は練習する魔法を変える。今度はミュリィの前に小さな光の盾が形成される。
しかし使えない原因が気の持ちようである以上、魔法を変えても結果は変わらない。盾は俺が軽く触っただけで消えてしまう。
が、ミュリィは諦めずに何度もそれを繰り返した。
その後も攻撃魔法である『ホーリー・ストライク』や、毒を治す『ヒール・ポイズン』など様々な魔法を練習したが、どれもそこまで効果を上げることなく夕方を迎える。
「はあ、はあ……そろそろ魔力が限界です。すみません、魔力があまりなくて」
そう言ってミュリィはその場に座り込む。彼女に水筒を渡すとミュリィはおいしそうに水を飲んだ。ミュリィはそう言うものの、午後の数時間ずっと魔法を使い続けている時点で相当の魔力の持ち主である。
「今日はどうだった?」
「はい、大変でしたが若干上達出来たような気がします」
てっきり自信を失ってしまうかと思ったが、思いのほか彼女の表情は明るかった。
「これまでも自分で訓練はしてきたんですが、やはり『他のことがあるから』『自分には才能がないから』とどこか逃げの心があったんです。でも今日はこういう状況を作っていただけたおかげで余計なことを考えずに没頭出来た気がします」
「そうか、それなら良かった」
なるほど。彼女は自分の努力が足りない、という言動が多かったが、自分だけで練習するときもネガティブな気持ちがあったのか。練習時は『才能がない』と思い込み、結果的に魔法が使えないのを『努力が足りない』と思うのは矛盾のような気もするが、ネガティブな考え方になってしまう時は案外そうなってしまうものだ。
今回思い切ってこういう環境を整えたのは、そういう思考を断ち切るという意味でも効果があったらしい。
「よし、じゃあ今日は終わり。よく寝て明日はまた同じ時間に……」
「あの、それなんですが」
解散の言葉を告げようとした時だった。突然、ミュリィが申し訳なさそうに俺の言葉を遮る。
「何だ?」
「この調子で頑張れば、私あと少しで何かを掴めそうな気がするんです。なのでそれを掴むために、この三日はこちらに泊まってもよろしいでしょうか」
ミュリィの言葉に俺は驚いてしまったが、一方で納得する自分もいた。環境が変わったことがいい方向に働いたのであれば、この機を逃さない方がいい。
とはいえ、現実的には離宮とはいえ外泊は色々と難しい。純粋に宿泊の準備をしていないというのもあるが、そもそも許可が出るのだろうか。
が、俺が悩んでいると珍しくミュリィは食い下がる。
「お願いします、せっかくこのような機会をもらった以上、どうしても何か結果を出したいんです」
そして真剣な表情で俺を見つめる。
普段”いい子”でいる彼女がここまでしてきたのは初めてだ。それに俺は少し驚く。
「分かった。とりあえず俺はいったん戻って陛下の許可をもらい、着替えとかご飯とかも用意してくる。その間ミュリィはこの本のここを読んでおいてくれ」
そう言って俺は王国史の本を彼女に手渡す。すると彼女はぱっと表情を輝かせた。
「分かりました! すみません無理を言ってしまって!」
「いや、俺はむしろミュリィに無理を言ってもらって嬉しかったけどな」
俺の言葉にミュリィははっと表情を変える。が、俺は少し照れ臭くなって足早にその場を離れてしまった。
「……と言う訳でどうにかミュリィ殿下に外泊許可をいただけないでしょうか」
俺は国王の私室で必死に頭を下げる。すでに公務を終えた国王は俺の用件を聞くと嬉しいような渋いような複雑な表情を見せる。
「うぬぅ……二人で特訓するまではまだどうにか許せるが、そのまま外泊だと? だが、せっかくミュリィがその気になっているのを止める訳にも……うーむ」
そう言って国王は指でこめかみをぐりぐりと圧迫しながら悩み始める。俺とミュリィが外泊するのが不安というのは親として当然の感情なのでそこは否定しづらい。
娘の成長を邪魔したくないという気持ちと、親としての不安による葛藤が脳裏に渦巻いているのだろう。
「分かりました、でしたらどなたか監視を派遣していただいても構わないので」
「だが、話を聞く限り今のミュリィの状態は非日常的な空間に置かれることで発生しているものではないのか? そこに護衛の騎士でも送ろうものならいつもに戻ってしまうかもしれん」
そう言われてみればそうかもしれない。俺には分からないが、普段の彼女はどうしたって王女としての立場がつきまとうし、それを意識しないことは出来ない。もしかしたらミュリィが初めて俺に強く物を頼んだのも、そういう立場を忘れているということが原因かもしれない。
そう考えると、ミュリィに対して王女のような接し方をする人間を送り込むのは良くない可能性がある。
「……仕方ない、そういう事情があるならおぬしは神に誓いを立てろ。ミュリィに指一本でも触れることはしない、とな」
そこまで言うか、と思ったが許可が出ただけ御の字である。
ちなみに神に誓ったことを反故にしたからといってすぐに神罰で死ぬということはないが、神の不興を買えば今後様々な場面で良くないことが起こるだろう、と一般的に思われている。
「分かりました。このメルクリウス、神に誓ってミュリィ殿下に指一本も触れることはしません」
「ならいい。本当はわしが自分でそうしてやりたいのだがな」
そう言って国王は少し寂しそうな表情を見せる。やはり一国の王ともなると朝から晩まで用があるのだろう。今も俺の次に面会を待っている家臣が列を作っている。
「ありがとうございます」
こうして俺は許可を得て、さらに王宮で食事や着替え、寝具などの用意をして離宮に戻るのだった。
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