ミュリィと特訓 Ⅰ

 それから数日後、俺はエリサやルネアの授業日程を調整し、また事情を説明してミュリィの公務や他のお稽古ごとの日程をずらしてもらうことでどうにか三日間の日程を確保することが出来た。

 お互い忙しい中どうしても三日連続にこだわったのは、集中させるということもあるが、ぶっ続けの方が充実感が出るからである。今回の目的は魔力や技術ではなくミュリィの自信をつけることであったため、そこは譲れなかった。


 当日、まだ日が出るか出ないかの時間に王宮内の待ち合わせ場所に向かうと、動きやすい服装に着替えて最低限の荷物だけを持ったミュリィが緊張した面持ちで待っていた。彼女は俺がやってくるのを見るとぺこりと頭を下げる。


「今日はお忙しい中時間を作っていただきありがとうございます。しかも先生だけでなく私の日程まで調整してもらって」

「その方が俺の都合のいい日に合わせやすかったってだけだ。準備は大丈夫だな?」

「はい、大丈夫です」

「なら行こう」


 特訓の場所として借りられたのは王宮の隅にある離宮と呼ばれる建物であった。昔王家の人数が多かった時に第十王子とかが住まわせられていたが今は使っておらず、空き家になっている場所があるという。


 離宮とはいうが、本当に王宮から離れていて、小さな森の中にぽつんとおしゃれな屋敷が建っている。正直ここに住まわせられていたというのは王宮から厄介払いされたのではと勘ぐってしまうほどだったが、今は都合がいい。俺がミュリィに厳しめの特訓をさせているところを見られるのは嫌だし、ミュリィとしても他の人の目はない方がいいだろう。


 が、そこまで考えて俺はふと思い当たる。


「そう言えば俺たちには護衛はついてこないのか?」


 前にエリサとお出かけしたときは一般人に変装した騎士が常に俺たちをついて歩いていた。ここは離宮とはいえ王宮内だから町中よりは安全なのだろうが、だからといって俺も男と言えば男である。王女と二人きりにして大丈夫なのだろうか。

 が、俺の言葉にミュリィは首をかしげた。


「え、王宮内だし先生もいるじゃないですか」


 彼女は特に何の疑問も感じていないようだった。それを見て俺は何となく原因を察する。

 おそらく、国王の正室の子である第一王女のエリサと、側室の子で魔法もあまり使えないミュリィでは扱いが違うのだろう。

 どちらが先とも言えないが、ミュリィの性格はこういう扱いがあってというのもあるのかもしれない。それを思うと俺は少しいたたまれない気持ちになった。

 でも、だからといって国王の三姉妹への愛情に差があるとは思えない。それは先に伝えておいた方がいいだろう。


「特訓を始める前に一つだけ話したいことがある。俺が陛下に家庭教師を頼まれた時、最初は三人同時なんて無理だって断ったんだ。その時陛下は何て言ったと思う?」

「え……ならエリサお姉様だけでもってことでしょうか? でもそれだと……」


 そう言ってミュリィは首をかしげる。俺が三人同時を断って国王がそう言ったら俺はエリサの家庭教師しか引き受けていなかっただろう。


「そうだ。俺は陛下から絶対に三人同時にやってくれと言われたんだ。それでも俺は無理だって言おうと思ったんだが、陛下はどうしても娘たちに差をつけたくないとおっしゃってな」

「そうだったんですか……」


 それを聞いてミュリィは驚きの表情を浮かべる。やはり彼女は父に姉と同じだけ愛されているとは思っていなかったのだろう。護衛がどうとか、住むところがどうとかそういうのは人員や予算の都合で限界があるのだろうが、国王は自分の一存でどうにかなる教師だけは差をつけたくなかったのだろう。

 そう思うと、あの無茶ぶりはただの無茶ぶりではなかったということだ。

 それを聞いてミュリィは少しだけ穏やかな様子になり、それを見て俺も少しほっとする。


「と言う訳だ。それならまずは基礎体力だ。魔法の行使は魔力だけでなく体力も使うからな。とりあえずこの屋敷の周りを十周だ」

「はい!」


 心なしか普段よりもミュリィの返事には気合が入っている。


「足の速さを鍛える目的ではないからゆっくりでいいぞ」


 俺は走っていくミュリィをそう言って送り出す。いくら魔法の特訓とはいえ、魔力に限界もあるので一日中魔法だけを使わせることは出来ない。

 その間、俺は本を開いてミュリィに教える予定の場所を復習する。日程調整のために今日の前後の数日間でミュリィの授業を何日も潰してしまっている。彼女ならその遅れを取り戻すことも可能ではあるが、そこまで体力がある訳でもない彼女を一日中特訓させるのも大変そうなので授業を合間に挟むことにした。


「はあ、はあ……終わりました」


 俺が授業の準備を終えるとミュリィが戻ってくる。


「お疲れ、よく頑張ったな」


 そう言って俺は持ってきていた水筒を渡す。入っているのはただの冷水だが、ミュリィはそれをおいしそうに飲んだ。


「よし、じゃあ次は授業だ」


 俺たちは屋敷の中に入ると次は授業を行う。普段そんなに体を動かすことがない彼女だったので結構走ったため疲れていたが、それでも彼女は真剣に話を聞いていた。これがエリサなら雑談に脱線させるか居眠りしていただろう。

 二時間ほど王国史の授業を終えると、一度小休止を挟み今度は魔力制御の練習を行うことにする。


「よし、次は魔力制御の練習だ」

「魔力制御?」

「俺たちが普段魔法を使う時は魔力を魔法に変換してるだろ? だが今日はあえて魔法を発動せずに魔力を魔力のまま操る練習をする」

「と言いますと?」


 ミュリィは俺の言葉がぴんと来なかったらしい。これはどちらかというと本職の魔術師がやる練習だ。神官の魔法は回復、攻撃、防御など大ざっぱなものが多いため、繊細さよりは威力が重視されることが多い。

 もちろん呪いを解除する魔法など繊細なものもあるが、それは上級者が使うもので、今のミュリィには必要ない。


「やってみせた方が早いな。こんな感じだ」


 そう言って俺は自分の魔力を集めて手の中に出現させる。属性によって色は変わるが、今回は風属性の緑色だ。そして俺は魔力をゆっくりと移動させて体の周囲を漂わせる。


「何となく分かりました、やってみます」


 ミュリィは頷いて手の中に光属性の魔力を集める。魔法の発動に比べて簡単そうに見えるが、必ずしもそうではない。魔力というのは不安定な存在であり、魔力のままにしておくとすぐに霧散してしまう。特に動かそうと力を加えるとその衝撃で簡単に散ってしまう。


 ……と思ったのだが、ミュリィの手の中に集まった魔力はゆっくりと彼女の周囲を漂っている。集中しているせいか彼女の表情は真剣そのものだが、魔力はそのままの形を保ったまま彼女の周囲をぐるぐると回っている。


「……こんな感じでしょうか」

「すごいな。初めてで魔力の制御がここまで出来る人は見たことない」


 俺は素直に感心する。つくづく彼女が魔術師の道を選ばなかったことが惜しまれるが、その言葉はぐっと飲みこむ。ミュリィが信仰魔法を修得したいと言っている以上、俺はそれを叶えなければならない。

 俺の言葉にミュリィはぱっと表情を輝かせた。


「本当ですか!?」

「本当だ。とはいえこれは結構神経を使う。もう数分やったら昼食にしよう。王宮のコックさんに作ってもらったものがあるからな」

「はい、分かりました!」


 俺は彼女が魔力の制御をしている間、持たせてもらったサンドウィッチや紅茶の用意をする。そして準備が終わると昼食にするのだった。

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