ミュリィと信仰魔法
翌日、俺はミュリィと勉強部屋ではなく王宮の中庭にて待ち合わせた。魔法を使うのであればやはり屋外の方がいい。昨日もそうだったが、今日はさらにミュリィの表情はこわばっている。やはり苦手な魔法を使うことに緊張しているのだろうか。
「き、今日はよろしくお願いします」
「よろしく。あんまり緊張しすぎず、肩の力を抜いたほうがいい」
「は、はい」
そうは答えるもののやはり彼女はガチガチに緊張している。これは俺の前だからなのか、それとも魔法を使う時はいつもこんな感じなのだろうか。
「じゃあ試しに『ヒーリング』を使ってみてくれ」
ヒーリングというのは信仰魔法の中でも一番初歩的な魔法で、神の奇跡により傷を癒すというものだ。俺は傷を負っている訳ではないが、エリサやルネアとの並行授業で疲れているので、魔法が正しく発動すれば俺の疲労が回復する。
「はい、『ヒーリング』」
ミュリィが祈るように手を合わせる。すると俺の周りに小さい光が現れ、少しではあるが俺の疲れがとれる。
それを見てミュリィは分かりやすく肩を落とした。確かに発動してはいるものの、効果は明らかに小さい。魔法の効果だけで言えば確かに見習い神官ぐらいだ。
とはいえ、ミュリィ本人が持っている魔力量は一般人よりは多そうだし、俺が見た感じ魔法の使い方も悪くはない。一体なぜこの程度の効果しかないのか、俺が知りたいぐらいだった。
「やっぱり私の頑張りが足りないせいですよね……」
「そんなことはないと思うが」
「いえ、私より魔力が少なくてももっと魔法が使える方はたくさんいます。ということはやはり私の努力不足です」
ミュリィの言葉に俺は首をかしげる。
が、そこでふと思い当たることがあった。信仰魔法は魔法の技術だけでなく、神への信仰心が求められる。ただ、信仰心というのは定量化したり言葉で表したりすることが出来ない概念だ。そもそも心というのは自分のものしか分からないので他人と比べようがないとい。
中には信仰が過激化するあまり異教徒を弾圧するような者までいると聞いたことがあるし、そういう過激な者でもすさまじい信仰魔法を使う者から全然魔法が使えない者までいるという。要するにどのような心がけだと魔法の効果が上がるのかはざっくりとしか分からないという訳だ。
ただ全体的に、徳の高い神官は同じ魔力量の他の神官よりも魔法の効果が大きい、というざっくりした統計があるに過ぎない。
そこで俺はふと気づく。ミュリィは真面目すぎる性格のせいで、魔法の成功を自分の努力だけで成し遂げようとしているのではないか。言い換えると、神様に祈ったり助けを求めたりするような気持ちがないのではないか。
「ミュリィは魔法が使えないのを自分のせいだと思うか?」
「それはもちろんそうです」
「だが他の魔法ならともかく、これは信仰魔法だ。魔法が使えない時に自分を責めるのではなく、もっと神様に助けを求める気持ちになってみることは出来ないか?」
「……」
俺の言葉にミュリィは釈然としない表情で首をかしげる。確かに根本的な考え方は他人に言われて簡単に変えられるようなところではない。
「やはり私はまだ自分が最善を尽くしたと思えるほどではありませんので」
ミュリィの一言で俺は方法を思いつく。
「分かった。ならば二つの選択肢を出す。一つ目は信仰魔法を諦めて別の魔法を使ってみるということ。俺の予想だが、ミュリィの実力なら普通の魔法はすぐに使えるようになる」
そうなれば彼女は自信がつくだろう。しかしそうなれば心のどこかで「神様に頼らなくてもいいや」と思ってしまうかもしれない。そうなれば神官としての道を続けることは難しくなる。
そういうことをミュリィも理解したのか、難しい表情になる。
「もう一つはこれからみっちり修行をするという案だ。限界まで修行をすれば、後は神様に祈るだけ、と思えるようになるかもしれない」
いわゆる「人事を尽くして天命を待つ」という心境だ。
「でも私には他にも色々やらなければならないこともありますし、先生も忙しいですよね? そもそも授業もありますし」
彼女の言葉で俺はミュリィが二つ目の選択肢を望んでいるということを確信した。
やろうという意志がなければ忙しいとか授業があるとか言わずに断ればいいだけだ。
「大丈夫だ。どうにかして俺とミュリィの予定を空けて三日ぐらい時間を捻出する。そしてその三日は昼間はずっと特訓にあてる。そしてミュリィに努力を尽くしたという気持ちになってもらう」
「本当に、出来るでしょうか?」
「ああ。授業については、勉強なんて所詮魔法と違って誰でも頑張れば出来るようなものだ。一度、『頑張れば結果が出る』という自信さえつけてしまえば後はいくらでも追いつける」
俺はミュリィを安心させるためにあえて断定的な言い方をする。今のミュリィは全部のことを自分の頑張りで何とかしなければ、と思い込んでいる。それは大事な責任感だが、それだけではうまくいかない。
特に神官であれば神様に祈ることも必要だし、王族であればいずれは家来に仕事を任せるということも必要になってくるはずだ。
「でも……授業以外でもそこまでしてもらうのは申し訳ないです」
「じゃあこれはミュリィの先生としての指示だ。魔法の集中特訓を行うから絶対参加してくれ」
「分かりました」
俺の言葉にようやくミュリィは頷く。神に祈る前にまずはもっと身近な存在である俺に頼れるようになってくれると今後も楽なのだが。
「よし、ならどうにかお互いの日程を調整するからそれまで待っていてくれ」
「ありがとうございます」
こうしてエリサに続いてミュリィの授業も序盤からあらぬ方向に脱線していくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。