ミュリィ編
ミュリィと初授業
さて、時間は少し巻き戻るが俺はエリサの初授業の数日後、ミュリィにも初授業をしに訪れていた。彼女の場合もエリサの時と同じように王宮に用意されていた部屋で待ち合わせている。さすがに今回は俺の方が早く着いていてほっとしていた。
初対面の時のミュリィはエリサ同様話しやすそうな相手だったが、どうだろうか。うまくいくといいのだが。そんなことを考えつつ俺は資料をぱらぱらとめくる。エリサと違ってミュリィは幼いこともあって歴史や制度はそこまで深く習っていないらしい。
授業が始まる十分ほど前になると、ノートと筆記用具を小脇に抱えたミュリィが部屋に入ってくる。そして俺を見るとぺこりと頭を下げた。
「メルクリウス先生、今日からよろしくお願いします」
「あ、ああ、よろしく」
俺は敬語を使うなと命令されているが、彼女の方はその限りではないらしく俺は少し戸惑ってしまう。とはいえ、先生と生徒という関係ならばこれでもいいのだろうか、などと考えているとミュリィはちょこんと俺の向かい側に座った。
そして彼女は机の上にノートを広げる。そこには彼女が今まで習ったことが俺がもらった資料よりも細かくまとめられており、さらに彼女の自己分析による弱点なども記されていた。
「勉強を教えてもらうにあたってこれまで習ったことと分からなかったこと、まとめておきました!」
「すごいな……」
それを見て俺はつい驚いてしまう。勉強が嫌そうなエリサの後だというのもあったが、まさかここまで気を利かせられてしまうとは。
「ミュリィは好きな科目とかあるのか?」
とりあえず俺はとっかかりのために雑談を振ってみる。すると彼女は真剣な表情で考え込む。
「うーん……そうですね…………すみません、ないんです」
考え込んだもののいい答えが思いつかなかったのか、彼女は落ち込んでしまう。仲良くなるためのとっかかりを得たかったのだが、逆効果になってしまった。
「し、質問が悪かった。好きな趣味とかはあるか?」
「それでしたら、お裁縫は好きです」
「意外だな」
そもそも王族の人が針や糸に触ったことがあるということ自体が意外だったので驚いてしまう。
が、そんな俺の驚き顔を見てミュリィは再び沈んだ表情に戻る。
「やっぱり王女がお裁縫なんて変ですよね……」
「そ、そんなことはないと思う。むしろ王女なのにお裁縫が出来るなんてすごいと思うが」
「いえ、気を遣ってもらわなくて大丈夫です。それより授業に入りましょう」
そう言ってミュリィは無理に明るい表情を作る。気を遣ったというよりは素直な感想だったのだが、彼女はそうは受け取ってくれなかったらしい。
最初に会った時はもっと明るい子かと思っていたが、必ずしもそういう訳ではないらしい。今のは俺の話題選びがまずかったというのもあるが……どうしよう。
俺はミュリィが見せた態度が引っ掛かって、教科書を広げながらもなかなか集中出来ずにいた。
一方、ミュリィの方は俺の発言を一言一句聞き逃すまいと真剣に聞き入っていて、かえってこちらが申し訳ない気持ちになってしまう。一体どうすればいいんだろうか。
エリサの時のようにテストをして負けたら悩み事を聞こうかとも思ったが、もしテストで悪い結果が出ればまた落ち込ませてしまいそうだ。ミュリィは理解度が低い訳ではなく、むしろ真面目な分エリサより出来は良さそうだが、テストという形式だと慌ててしまってミスをし、自分で落ち込みそうな気がする。
知識と頭の良さはあるのに、メンタルのせいでそれが発揮できないタイプではないか。そしてそれが自信のなさに繋がるという悪循環になってしまっている。
そんなことをあーでもないこーでもないと考えているが、授業が終わる直前、俺は一つのヒントを得た。
俺が「魔法」という単語を出したとき、彼女の肩がぴくりと動いた。そう言えばミュリィは神殿で神官見習いをしていると聞いていた。神官は生来持っている魔力や信仰度などにより、神の奇跡の一部を使って魔法を使うことが出来る。
ミュリィは真面目に神を信仰していそうな性格だし、王族であるなら一般人よりは魔力をたくさん持っているだろう。なのに彼女は自分から魔法の話題を出さなかった。もしや彼女は魔法があまり使えないことを気にしているのではないだろうか。
また、考えてみると仮にも王族である彼女が神官見習いというのも少しおかしい。普通王族であれば神殿に入ったばかりでも気を遣われてもっと上の立場にするはずだ。ということは本人がそれを辞退し、周囲もそれを認めるほど魔法が使えないということになる。
「……と言う訳で今日の授業はこれで終わりだ」
「は、はい、ありがとうございました」
「次の授業だが、気分を変えて魔法の実技をしないか?」
「え、魔法ですか?」
それを聞いてミュリィは驚きつつも、喜びと恐れが入り交ざった複雑な表情を見せる。
魔法を教わることが出来るのは嬉しいが、出来ないところを見られるのは怖い、といったところだろうか。
「でも、魔法の実技はカリキュラムに入っていないと聞いていますが」
「そうだな。だけど俺はどっちかっていうとこうやって机に向かって学問をするより魔法を使う方が得意なんだ。せっかく教えるなら俺の得意なことも教えたいなと思ってな」
そんなことを言いつつ俺はエリサに魔法の実技を教えるのを断ったことを思い出し、少し申し訳ない気持ちになる。
俺の言葉にミュリィは少し悩んだようだが、やがて遠慮がちに言った。
「でもそれで私の勉強が遅れたりしませんか?」
「その辺の進度は俺に任せておけ。悪いようにはしない」
「……分かりました。でしたらよろしくお願いします」
そう言ってミュリィはぺこりと頭を下げる。もしミュリィが魔法が苦手なことを気に病んでいるのであれば、それを解決することで後ろ向きな性格を治せるのではないか。俺はそんな風に期待するのだった。
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