間章 シンシアと元パーティー

 メルクリウスが王都で強引に家庭教師に任命されていたころのこと。彼を追放したグレゴールとケントはシンシアが眠る病院で彼女の容態を見守っていた。

 治療を担当した神官によるとシンシアは魔王の呪いにより一時的に魔力を大量に吸い取られ、そのショックで気絶したとのことだった。命に別状はないが、回復にはしばらくの時間が必要とのことだった。

 ではなぜメルクリウスは無事だったのかと訊いてみると、彼の方が魔法に対する耐性が高かったからだという。その事実もグレゴールの苛立ちを増幅させていた。


「全く、あいつがちゃんと防御魔法を使っていればこんなことにはならなかったものを。シンシア……」


 そう言ってグレゴールは眠り続けているシンシアの顔を見つめる。

 長く輝く銀髪。華奢ながら人形のように整った顔立ち。慈愛に溢れた表情と人柄。そのどれもがグレゴールにとってはかけがえのないものであり、彼はシンシアのことが好きだった。


「そうだそうだ、自分が魔王に止めを刺したからって調子にのりやがって」


 ケントも言葉だけで同調して見せる。

 そんな時だった。


「う、うぅ……」


 不意に安らかな寝息を立てていたシンシアがくぐもった声を上げる。


「気づいたのか!? シンシア!?」


 グレゴールはそれを見て思わず叫びながら彼女の肩をゆする。揺さぶりによってシンシアはゆっくりと覚醒に向かっていった。


「う……ここは……あれ、魔王は!?」

「大丈夫だ、魔王はもう倒されたんだ。ここは病院だから安心してくれ」


 目を覚ましたシンシアを安心させるようにグレゴールは言う。


「良かった。グレゴールとケントも無事だったのね」


 二人の顔と病室の風景を見てシンシアはほっと息をつく。

 が、そこでいるべき人物が一人足りないことに気づいた。


「あれ……メルクリウスは?」

「あいつは、パーティーを出ていった」

「え?」


 グレゴールの言葉にシンシアは困惑する。どうして急にそんなことになるのだろうか。


「実は……」


 そんなシンシアにグレゴールはメルクリウスが出ていった経緯を説明する。

 彼の説明は事実と異なっている点がいくつかあり、メルクリウスが全ての魔力を使って魔王を攻撃したのは魔王に止めを刺したという名誉が欲しかったからということになっていたり、その後メルクリウスはシンシアが倒れた責任をグレゴールに押し付けたことになっていたりしていた。

 そして、彼が出ていったのもグレゴールが強要したからではなく自分から二人に愛想を尽かしてということに改ざんしていた。


「……と言う訳なんだ。俺も止めたんだが、残念なことだった」


 グレゴールはことさら残念そうな表情を作って言う。

 一方のシンシアは最初こそ真面目に聞いていたが、話が進むにつれだんだんと疑念に包まれていった。そもそもメルクリウスは別に名誉を欲しがるタイプではないし、彼がシンシアを助けたのも事実である。極めつけは、真顔でぺらぺらと嘘をしゃべるグレゴールの横でケントが気まずそうに目を背けているということだった。


「あの……それ嘘よね?」


 全てを聞き終えたシンシアはぞっとするような冷たい声で言う。それを聞いてケントの背筋がびくりと震えた。

 一方のグレゴールはそれでも平静を装って言う。


「嘘じゃない。もちろん、戦いの中で興奮していたから細かいところは違うかもしれないけど、大筋は一緒だ。なあケント」

「そうかしら」


 シンシアはじっとケントを見つめる。

 が、根が小心者の彼は二人の視線に耐え切れなくなり、突然立ち上がった。


「う、急にお腹が!」


 そう言ってどこかへと走っていく。これでどちらが正しいかは決したようなものだった。

 それを見てグレゴールは顔面蒼白になり、シンシアはため息をつく。


「ねぇ、本当のこと、教えてくれない?」

「違う、違うんだ!」


 さすがにもう誤魔化しきれないと悟ったグレゴールは突如大声をあげる。


「お、俺はずっとシンシアのことが好きだったんだ! それなのにあいつが、あいつがシンシアのことを守り切れなくて、そのせいでシンシアが倒れて、それが許せなくて!」

「なるほど」


 グレゴールは突然大声で自分の気持ちを主張し始めたが、シンシアはそれを最後まで聞くことなくがばりと上体を起こし、立ち上がる。多少脚はふらつくものの、傷を負っていた訳ではない彼女は立ち上がることが出来た。

 それを見てグレゴールは悲痛な声を上げる。


「どこ行くんだ? まだ治ったばかりだから安静にしていないと!」

「どこって……そんなのメルクリウスを探しにいくに決まっているわ」

「そ、そんな! 待ってくれ、あいつのどこがいいって言うんだ? 何で俺じゃだめなんだ!?」


 そう言ってグレゴールは泣き叫びながらシンシアにすがりつく。

 が、彼女は冷たい目で彼を見下ろした。


「そんなことも自分で分からないの?」

「そ、そんな……」


 シンシアの言葉にグレゴールの全身から力が抜けていき、彼はその場になすすべもなく這いつくばった。そしてそんなグレゴールを振り返りもせずにシンシアはすたすたと歩き去っていくのだった。

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