決闘

数日後

「ではこれよりエリュシオン魔法王国第一王子ハルト殿下と我が国の賢者メルクリウスの決闘を開始する」


 審判役を買って出た騎士が王宮の中庭にて重々しく宣言する。中庭の中央には俺とハルトが立ち、少し離れたところに決闘で使う色々なものが置かれている。


 そしてそれから少し距離をとって観客や野次馬が俺たちを囲んでいる。隣国の第一王子の魔法の腕が見られるとあって王宮内にいる兵士や使用人たちも続々と詰め掛けていた。


 その中にエリサの姿があるのも知っていた。彼女は表向きにこにこしながら決闘を見守っていたが、内心色々と思うところがあるのだろう。俺は彼女に何か声をかけようと思ったがやめた。エリサに決心を促すようなことを自分で言っておきながら、今更俺がそれを妨害しようなどとしていたというのが少し気まずかった。


 ちなみに噂が伝わった城下町では人々が「俺たちにも決闘を見せろ」と文句を言い、中には勝手にどっちが勝つか賭けをしている者までいるという。


 ここまで決闘が盛り上がっているのは単に噂が速いからというのもあるが、俺が意図的に言いふらしたからというのもある。ハルトが敗北したときに結婚が流れる可能性を上げるには大々的に決闘が知られている方がいい。その上で出来るだけ圧倒的な勝利を狙う。俺が負けた時のことは……まあ考えても仕方ないだろう。


「では決闘のルールをお伝えします。種目は使い魔の射撃です。これより大量の使い魔を空中に飛ばすのでその間により多くの使い魔を撃墜した方が勝ちです。ただ、使い魔たちは広範囲の魔法攻撃に対する耐性を持っていて、防御力が上昇しています」

「なるほど、要は魔法の精度を競うということか」


 騎士の説明にハルトが頷く。たくさんの使い魔に当てるだけなら広範囲の魔法の方が適切だろうが、使い魔たちには広範囲の魔法に対する耐性が付与されているため、撃墜するのは難しくなる。そこでピンポイントな魔法で使い魔を撃墜しなければならなくなるが、そうするためには細かい魔法の制御が必要となる。


 競技内容は事前にハルトに伝えていないが、このルールであれば文句が出ることはないだろう。これは最初に俺が考えた案を、公平な決闘として成立するように騎士が手を加えた案である。また、公平性を保つために使い魔の細かい性能などは俺も知らない。


「時間は十分です。使い魔の数は全部で百。それぞれ事前に設定したパターンで飛行します。範囲はこの広間の上空のみです。質問はあるでしょうか?」

「問題ない。むしろわざわざこちらの得意分野で勝負してくるとは侮ってくれたな。僕は魔法の制御に関しては特に自信がある」


 ハルトは自信満々に頷く。


「だが、動く物に当てるのはそれとは別じゃないでしょうか?」

「そんなことはない。特に使い魔であれば特殊な軌道で飛ぶこともないだろうしな」


 俺の言葉にもハルトの自信は揺らがない。

 一応こちらの国の者がセッティングしているが、公開の場での決闘で不正をすれば国の威信が落ちるので、例えばハルトの魔法だけかわさせるというような小細工をすることは出来ない。


「では始め!」


 騎士が宣言すると、広場の隅に並んでいた使い魔の鳩が大量に舞い上がる。見た目を美しくするためなのか、鳩は色とりどりに彩られていてとても美しい光景になっていた。それを見て観客からは歓声が上がる。


「ファイアボルト!」

「アイススピア!」


 その鳩たちに俺は炎魔法で、王子は氷魔法で攻撃し次々と撃ち落としていく。魔法が当たった鳩はぷしゅうっ、と空気が抜けた風船のように落ちていく。広場の上空はそれなりに広いが、百匹もいると最初は適当に魔法を撃ってもどれかには当たり、ばたばたと撃墜されていく。


「ファイアボール!」


 一応俺は一度だけ広範囲への攻撃魔法を発射してみる。ファイアボールは空中で爆発すると広い範囲の鳩を襲ったが、範囲攻撃に耐性があるせいか、全く落ちなかった。それを確かめた俺は再びファイアボルトでの撃墜作業に戻る。


 が、最初の三分ほどが過ぎて半分ほどの鳩がいなくなると途端に命中させるのが難しくなっていった。

 というのも鳩たちはばらばらの軌道で飛んでいたが、中には速度がやたら速かったり、攻撃を察知して避けたりといった鳩も混ざっている。

 そのため、時間が経つにつれて命中させるのが難しい鳩だけが残っていくのである。ハルトも徐々にその仕組みに気づいたのか余裕だった表情が徐々に引き締まっていく。


「いい勝負じゃないか。やっぱりある程度難度が高くないと実力差は出ないからね」


 ハルトの言う通り、お互いが撃墜した数は恐らく同じぐらいだ。差がつくとすればここからだろう。


「アイススピア・トリプル」


 ハルトが呪文を唱えると彼の氷魔法は三股に分岐する。そして一羽の鳩に対して三方向から迫っていく。鳩の動きが速くても、多少の回避をするとしても三方向から魔法が迫ればさすがの鳩も回避しきれない。再びハルトの撃墜ペースが上がり、一羽、また一羽と鳩が落とされていく。

 余裕が戻ったのか、ハルトはちらりとこちらを見る。


「ふはは、どうだ僕の魔法制御は」

「確かに魔法制御の腕はすごい。三つの魔法をこの精度で同時に操るのは俺でも出来ないかもしれない。だがこれは別に魔法精度の勝負という訳ではない」

「何だと? ファイアーボールは効かなかったはずだが」


 何か見落としたがあったのか、と思ったハルトの表情が強張っていく。


「そうだな。だが、この対決は純粋に鳩を落とした数で勝負する、ということだ。鳩を落とすというのは別に攻撃魔法を当てるということではない」

「まさか……」


 俺の言葉にハルトの表情が変わる。


「グラビティ・ワールド!」


 俺が唱えると王宮の上空を包むように薄い膜のようなものが広がっていく。そして膜に包まれた鳩たちは次々と羽をばたばたさせながらゆっくりと地面へと落ちていく。

 鳩たちは範囲攻撃魔法に対する防御力が上がっただけで、重力から逃れる訳ではない。


「な、何だこれは……こんなことがあってたまるか!」


 やがて飛んでいた鳩の全てが地面に落ち、決着はあっという間についた。

 その光景を見てハルトは全身から力が抜けたようにその場に膝をつく。


「勝手に決闘の性質を勘違いしたそちらの」

「違う! 重力操作の魔法はただでさえ扱いが難しいのにそれを軽々とこんな広範囲に使うなど化物だ! 勝てる訳がない!」


 ハルトは体を震わせながら言う。それを聞いて俺はそういうものか、と納得した。

 もしハルトが俺と同じ魔法を使えるのにそれに気づかず負けたのであれば悔しい気持ちにもなるだろうが、そもそも重力操作魔法が使えないのであればただ負けを認めるしかない。


 観客たちもあまりの光景に静まり返っていた。

 が、少しして審判の騎士が急に我に帰ったようにたように言う。


「し、勝者メルクリウス!」


 そこでようやく観客たちも思い出したように拍手を送るのだった。


 とはいえ、魔王から受けた呪いで俺の魔力は随分落ちていた。全盛期ならもっと強力な重力を発動することが出来たのだが、この調子ではまだ冒険者に復帰するのは難しそうだな、と内心思うのだった。

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