王子ハルトとの邂逅
エリサとのお出かけから数日後、ついに隣国エリュシオンから第一王子のハルトがエンバルド王国にやってきた。
エリュシオンは魔法王国とも呼ばれ、小国ながら魔法の研究が盛んで魔族との戦いの際にもかなりの手柄を挙げた。国土は広くないが、マジックアイテムの開発などで発展し、エンバルドほどではないが国力もある。魔王討伐では共同戦線を敷いていたため、関係も良好であった。
そんなエリュシオンの第一王子と魔王討伐を果たしたエンバルド王国の第一王女が結婚するというのはお似合いである、と俺もエリサとこのような関係にならなければ思っていただろう。
加えて明るく社交的で貴族たちの受けも悪くないエリサと、魔力に優れ俊英と名高いハルト殿下であれば個人的な資質という点でも悪くない組み合わせだ。
「……っていうようなことを皆言うけど、結婚って本来そういうものじゃないと思うんだよね」
ハルトとの会談予定時刻の数十分前、エリサに見つかった俺はそんな愚痴をずっと聞かされていた。基本的に王宮にいる者は政略結婚を当然のものと思っているので家格や評判が釣り合っていればうまくやるだろう、と思っている節がある。それがエリサにとっては気に食わないらしかった。
もちろん俺も「王族は恵まれているんだからそれくらい我慢しろ」と正論を言うことは出来るが、それを言うのは俺の役目ではないだろう。
「まあ結婚すると言っても、実際一緒になるのはもっと先だろう。その間にもっと相手のことを知っていけばいいんじゃないか?」
「相手のことを知ったうえで一緒になるかどうか判断出来るならいいけど、一緒になるという前提があって相手を知るっていうのは何か違う気がするなあ」
エリサはなおも不満そうだ。気持ちは分かるが、そうも言っていられないことは結構ある。
「それは一理あるが、俺もエリサの家庭教師をするってことが決まって色々知ろうと思った訳だしそういう知り合い方もあるんじゃないか?」
「なるほど」
俺の言葉にようやくエリサは不承不承といった感じで頷いてくれる。
「それはそうかもしれない。じゃああたしもう行くね。愚痴聞いてくれてありがとっ」
「聞くだけでいいならいくらでも聞くよ」
そう言ってエリサは俺の元から去っていく。それを見て俺ははあっとため息をつく。こればかりは俺が介入する余地が全くないため、話を聞いてももやもやがたまるだけだ。
が、そう思っていた俺に近づいてくる人影がいる。
忘れもしない、ここ数日ずっと俺を悩ませている相手、ハルト・エリュシオンその人である。こうして向かい合ってみると彼はすらりとした長身で眉目秀麗で体格も悪くない。政略結婚の名分でクソみたいな王族と結婚させられなかっただけましではないかと思ってしまう。
が、同時に素直にそれを祝福してしまう自分にどこか引っ掛かる気持ちもあった。
そしてなぜかそのハルト殿下がこちらを険しい目で睨みつけながら近づいて来る。
彼が歩いてくる先には明らかに俺しかいない。
「僕はハルト・エリュシオン。そちらのエリサ・エンバルド殿下の婚約者だ」
「お、お目にかかれて光栄でございます。メルクリウスと申します」
いきなり声をかけられて困惑したが、一応そう答える。
するとハルトは不機嫌そうに言った。
「公式の対面の前にエリサがどんな人物か知っておこうと思って来てみたら、君は今エリサと随分仲良さげに話していたようだね」
「俺は彼女の教師を仰せつかっておりますので、その関係で話させていただくことがあります」
面倒なことになった、と思いつつも俺は当たり障りのない答えを返す。
が、ハルトは全く納得した様子はなかった。
「おいおい、教師という割には親密そうに見えたが。そもそもどんな人物だろうと、王族に対してあのような口をきくとは」
「いや、それは……」
「おぬしらは実は深い仲にあるのではないか?」
てっきり無礼を咎められるのかと思ったが、ハルトはそういう方向で解釈したらしかった。
なるほど、それで俺に対して腹を立てている様子なのか。
「そんなことはありません。陛下には殿下であろうとも一生徒として接するよう命じられておりますのであのように接していただけでございます」
「ほう? ならばおぬしもエリサも僕と彼女の結婚には何も思うところがないと言うのだな?」
ハルトが強い口調で尋ねる。そう訊かれると俺は答えに窮してしまう。
実際俺とエリサはハルトが思うような関係にある訳ではないが、エリサがハルトと結婚することに納得している訳ではない。
この面倒な事実をどう説明していいか考えていると、ハルトは俺が図星を突かれて沈黙したと解釈したらしかった。
「……やはりそういうことか。おぬしは教師と言うが、魔術師としても腕が立つようだな」
「その通りですが」
「ならばこの僕と勝負しろ。僕の方が優れた魔力と魔法技術を持つと分かればエリサも僕との結婚に納得するだろう!」
そういうものなのか? と疑問に思ったが一方でエリサの悩みはハルトがどんな人物か分からないというところにある。もし俺がハルトと対決し、その勝負の中でハルトの人物像が見えればエリサの助けになれるかもしれない。
「分かりました。そこまでおっしゃるのであれば決闘をお受け致しましょう」
「ふうん? 無駄と承知でこの僕との決闘を受けるとはよほどエリサにご執心と見える」
「何だと?」
ハルトがどんなつもりでそう言ったのかは分からないが、その言葉は俺のプライドを傷つけた。これでも俺は冒険者として数々の手柄を立ててきた。それなのにいくら隣国で尊敬されているからといって急に現れて勝ったつもりになりやがって。
「私に決闘を仕掛けたこと、後悔させてあげましょう」
俺は静かな怒りとともに言う。そんな俺の気迫が伝わったのか、ハルトも舐めた態度を少し改めた。
「分かった。こちらも公務があるので日程は追って連絡する。決闘方法はそちらが決めると良い」
そう言ってハルトは去っていった。
「ふう、思いがけずに大変なことになってしまったな」
残された俺はそう言って溜め息をついた。
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