エリサと観光(デート) Ⅱ

「ふー、食べた食べた」

「結構食べるんだな」

「普段はあんなに食べないよ? 今はテンションが上がってたから食べられただけ」


 そう言ってエリサは満足そうにお腹をさすり、俺たちは店を出た。


「これからどこに行く?」

「そうだね、露店を適当に冷かしつつ丘に行こうか」


 わざわざ王宮を抜け出して来た割に、エリサが行く場所は意外と普通の場所であった。

 とはいえ彼女は王家の長女である以上、単に珍しいものや高価なものは豪華な料理同様すでに見慣れているのだろう。となるとあえてどこに行くか問われれば庶民的な場所になるのかもしれない。


 俺は冒険者時代に色々な街を周り、その中で露店街もたくさん見てきたので見慣れた場所だったが、傍らのエリサがいちいち目を輝かせるのが何だかほほえましかった。


 怪しげな占い師にぼったくられそうになって冷や冷やしたり(エリサがぼったくられることよりは後日このことが露見して占い師が打ち首に遭うのではと冷や冷やした)、口のうまい土産物屋に乗せられて今日を逃すと使わなさそうなアクセサリーを買わされそうになったりしつつも、楽しく時間は過ぎて夕方になっていく。


 すっかり満喫したエリサは夕日を見て一抹の寂しさを漂わせつつぽつりと言う。


「もう一日も終わりか」

「早かったな」


 本当のデートであればディナーでも一緒して夜を迎えるのかもしれないが、あいにく今日のお出かけには門限が定められていた。


「じゃあそろそろ丘に行こうか」

「ああ。だが何でアイリスの丘なんだ? あそこは行ったことあるだろ?」


 これまで選んできたハンバーガー屋や露店街は普段は絶対エリサが行くことのない場所だが、アイリスの丘はおそらく王族の行事などで行くこともあるはずだ。観光スポットとしては定番でもここまでの流れで考えると違和感がある。


「ああ、それね。今日は色々忘れて普通に楽しんじゃったけど、テストの時私は異性と一緒になるのがどんな感じか分からなくて怖いって言ったでしょ?」


 それで最初の待ち合わせ場所もカップル御用達の場所だったのかもしれない。


「なるほど。それで少しでも不安はなくなったか?」

「うーん、どうだろう。今日はメルクと一緒で楽しかったけど、ハルト殿下もそうだったらいいな」


 エリサは複雑そうな表情で言う。とはいえ、相手が会ったこともない男である以上、実際会ってみないと不安がなくなることはないだろう。しかし今こんなに楽しそうにしているエリサがその王子と結婚するとなると少々寂しくもなる。


 そんなことを話しているうちに俺たちは丘に到着する。アイリスの丘は周囲を花園に囲まれた小さな丘だった。丘の頂上には願いをこめて鳴らすと叶うと言われる鐘がある。

 デートコースの定番となっているのか、今も丘を登っていくカップルがたくさんいるのが見えた。外から見ると俺たちもきっと同じように見えているのだろう。そう考えると少し気恥ずかしい。


「今日はありがとう。多分あなたと一緒じゃなければ外出していいなんていう許可は出なかったし」

「それは俺じゃなくて陛下に感謝してくれ……いや、でもそうか」


 俺は何となく思い当たることがあった。

 エリサは元々学問に熱心なタイプではなかった。それは俺と会ったときの態度からも分かるし、セーナに訊いてもそうだと言っていた。それが最近頑張っていたからそのねぎらいという意味もあって国王は許可したのかもしれない。


「もしかしたら、エリサが勉強頑張ったからじゃないのか?」

「ああ、なるほど。じゃああたしのおかげじゃん」


 エリサは少し冗談めかして言う。

 とはいえ、実際テストまでの一週間の頑張りは目覚ましいものがあった。


「そうだ。そこは自信をもっていいと思う」

「え、今の冗談のつもりだったんだけどなあ。あなたと会わなければあんなに勉強することもなかったと思うし。何だかんだ今日も一緒に観光出来て楽しかったし」


 俺が真面目に肯定したからか、エリサは少し照れたらしく景色に目をやって視線をそらす。

 丘を登りながら周囲を見渡すと、一面の花畑は下から見てもきれいだったが、俺たちが登っていくにつれてよりきれいに見えるようになっていった。


「俺も色んな意味でなかなかない経験だったから楽しかった」

「え、じゃあもしかしてこれまで恋人がいたことないってこと?」

「まあ、冒険者をしているとあんまりそういう感じにもならないからな」


 何せ街を移動することが多いし、いつ死ぬかも分からない。たまに冒険者同士で恋人になるカップルもいると聞くが、それはそれで窮地の時、咄嗟の判断に影響が出るので良くないと言われている。


 丘を登りきると鐘つき小屋があり、そこに観光客のカップルたちが並んでいる。


「なるほどね~、あ、あたしたちの番だね」


 前のカップルが鐘を突き終えて去っていき、俺たちの番がやってくる。

 俺たちは一緒に小屋に入ると、鐘を突く棒の紐を引っ張る。そして一緒に紐を引いて鐘を突いた。


 カーン、と鐘にしては少しポップな音が鳴り響く。その音を聞いて俺は三人の家庭教師がうまくいけばいいなと願うのだった。

 音の余韻がなくなると俺たちは一緒に小屋を出る。そして小屋の外にあるベンチに座って景色を見る。


「それでメルクは何を願ったの?」

「三人の家庭教師がうまくいけばいいなって」

「真面目じゃん」


 正直に答えるとエリサはつまらなさそうに言う。そんなことを言われても困るんだが。


「俺は最初から真面目だ。それよりエリサは何を願ったんだ?」

「ん、秘密。だって願い事って口にしたら叶わなくなるって言うし」

「じゃあ俺の願い事も聞くな」

「ははは、そうだね、ごめん。まあそれは神様じゃなくて自力で叶えてってことで」


 そう言ってエリサは立ち上がる。

 いや、半分はエリサたちの頑張りにかかっているんだが。


「じゃあ、今日は楽しかったし帰ろうか。早く帰らないとあの人たちに怒られそうだし」


 そう言ってエリサは遠くにいる恋人風の人影を指さす。どこかで見たことあると思ったが……もしかして騎士か? まあ言われてみれば王女が護衛なしでこんなこと出来る訳ないので当然だが。全部見られていたとなると急に俺は恥ずかしくなってくる。そして国王に八つ裂きにされそうな行為をしていなかったことに安堵する。


「お、おお」


 俺も立ち上がりながらふと思う。

 エリサは俺の願いを自分で何とかしてと言ったということは、彼女の願いは自力では叶わないものということなのだろうか、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る