エリサと観光(デート) Ⅰ
その数日後、俺はエリサと王宮から少し離れた城下町の広場で待ち合わせていた。その中央にある何代か前の国王の銅像はしばしば待ち合わせに使われるということで有名らしい。
「本当に大丈夫なのか?」
待ち合わせの時間が近づくにつれて俺は色々なことが不安になってくる。俺はエリサの提案を「観光案内をしてもらう」という名分で受けたが、常識で考えれば王族でも高級貴族でもない者が王女に観光案内させるのは大分無礼である。一応国王には「課外学習です」と申請して許可をとったが、今でも何で国王が許可してくれたのかはよく分からない。
ここは有名な待ち合わせスポットなので俺以外にも数人の男や女が待っているのだが、先に待ち合わせ相手が来た組み合わせを見ると、皆カップルなのである。彼らは自分の相手が来ると手を繋いだり腕を組んだりして仲睦まじげに歩いていく。
それを見て俺は何とも言えない気恥ずかしさに包まれていく。
「ここ思いっきりカップルの待ち合わせ場所じゃねえか……」
が、突然俺の視界が手でふさがれた。
そして後ろから少しテンションが高めの声が聞こえてくる。
「だ~れだ?」
「その声は……エリサ殿下?」
「ぶーっ、今日はただの商家の娘のエリサだよ」
振り返ると、そこに立っていたのはエリサだった。普段降ろしている髪を三つ編みにし、着ているのはドレスではなく町人がおしゃれの時に着るようなちょっとおしゃれなワンピースであった。また、化粧をしていないせいか公務の時の彼女とはまるで別人である。こうして見るとエリサの姿はちょっとおしゃれした富裕な商人の娘としてうまく溶け込んでおり、周りのカップルの姿と違和感がない。
また、エリサという名前も彼女が生まれた年に生まれた女子にたくさん名付けられたため、珍しくない。
「何というか、思いのほか違和感がないな」
「いや、そこはもっと似合ってるとかきれいとか言って欲しいんだけど」
俺の言葉にエリサはわざとらしく唇を尖らせる。
「悪い、すごく似合っていて違和感がないっていう意味だったんだが」
「そ、そう……なら良し」
俺に言わせておいてエリサは少しだけ照れている。
「にしてもここどう見てもカップルの待ち合わせ場所じゃないか」
「この銅像のオックスⅡ世は大変な愛妻家だったから、それにあやかろうとしてカップルがよく待ち合わせるんだって」
じゃあ俺たちがあやかる必要はないだろ、と思ったがエリサは普通に王族なので先祖にあやかっただけだろう。正体を隠している以上、街中でそんなことをしゃべるのも良くないと思い俺はその言葉を飲み込む。
「ところで今日はエリサが案内してくれるって話だったけどエリサはそもそも街に詳しいのか?」
今日の目的はエリサが行きたいところに行くというものだったので、ルートは彼女に任せている。が、冷静に考えると彼女もこの街に詳しいとは思えない。
「あんまり遊びに出たことはないけど、公務で出た時とかに密かに行きたいなって思う場所はいくつかあったんだよね。まずはご飯にしよっか」
「分かった」
そう言ってエリサは街の中でも特に大きな通りを歩いていく。さすがに王都だけあって街は全体的に繁栄しているが、特に大通りは凄かった。道の両脇に大きなレストランやお店が所狭しと並んでおり、通行人や観光客でにぎわっている。
その中でも大きなレストランの間に挟まっているような小ぢんまりとしたお店にエリサは入っていく。そこはハンバーガー屋で、どちらかというと金持ちよりは庶民が入るような店だった。
「ここでいいのか?」
俺は少し不思議に思って言う。
「うん。だって高級な料理は言えば食べられるし。それよりは普段あまり食べられないものを食べたいんだよねっ」
「なるほど」
言われてみれば、彼女の場合豪華な料理の方が食べ慣れているのか。
席に着いたエリサはメニューを開くと目を輝かせている。確かにこんな肉々しいハンバーガーや、香辛料がふんだんに使われたポテトはあまり王宮では出ない料理だろうからな。
やがて運ばれてきたのは、エリサが頼んだと思われるパンからはみ出そうな大きな肉が三枚も挟まり、しかもそれぞれの肉にとろっとしたチーズがかけられたこってりしたハンバーガーと、真っ赤な粉がふんだんに掛けられたポテトだった。俺は普通のハンバーガーとポテトしか頼んでいないので内心彼女の食欲に驚く。
「うわっ、すごいこれ……ところでこれどうやって食べるのかな?」
ふとエリサは料理にスプーンやフォークがついてないことに気づく。
「これは包み紙を持って手で食べるんだよ」
「え、こんな大きいのを!?」
エリサの頼んだバーガーは層が大きすぎて、包み紙ごしに持ってもどうしても具が溢れ出て崩れてしまう。
分厚いバーガーをきれいなまま食べるには結構コツがいるのだ。
「仕方ない、俺が持つ」
そう言って俺はエリサからバーガーを受け取ると、形を整えて持ち、彼女の口元に持っていく。それをエリサがぱくりと口に入れた。
「ああ、すごいこれ。口の中で分厚いお肉とソースとチーズが絡み合ってる。こんなの食べたら絶対怒られそう~すごいっ!」
エリサはバーガーを食べながら、口の端にチーズをくっつけて至福の表情を浮かべている。その姿は王族というよりは初めてハンバーガーを食べた幼い少女のようだった。俺がほほえましく彼女を眺めながら時折ハンバーガーを持って差し出していると、ふと店員さんが生温かい目でこちらを見ているのに気づく。
よくよく自分の姿を思い返してみると、俺たちは男女二人で店にきて公衆の面前で「あーん」に当たる行為をしていることになる。
「おいしい~」
が、幸か不幸かエリサはハンバーガーに夢中でそのことには気づいていない。
そのため俺は最後まで知らない振りを続けたのだった。
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