エリサとテスト

「……と言う訳で今日はエリサがこれまで学んだはずのことを、どのくらい覚えているのか確かめるためにテストをする」


 翌日、エリサが席につくなり俺は言った。

 テストという言葉を聞いた瞬間、エリサは見るからに嫌そうな顔になる。


「えー、それどうしても受けないとだめ?」

「受けなかった場合、これまでやったはずの範囲は全部完璧に覚えているものとして授業を始めるぞ?」


 それにエリサの理解度がどのくらいなのかによって授業のスピードや丁寧さも変わってくる。

 が、エリサはまるで苦いお茶でも飲んだような顔をしている。そういう反応をするということは自信がないということだろうから、俺としても余計にテストをしなければならないという気持ちになってくる。


「だめだ。大体、せっかく一晩かけて作って来たんだから受けてもらえないと困る」

「え、あたしのためにそこまでしてくれたの?」


 俺の言葉に少しエリサの表情が変わる。


「そうだが」

「そう……そこまでしてくれたのなら受けない訳には……でも、それで醜態を晒す訳には」


 エリサは何かをぶつぶつと呟きながら一人で葛藤している。俺からすると、どんな葛藤をされたところで受けてもらわない訳にはいかないんだが。

 が、やがてエリサは一人で納得したのか一つ大きく頷くと口を開く。


「……分かったわ。それならこうしましょう。あたしは一週間かけてこれまで勉強してきたことを復習する。そのうえで改めて勝負をする」

「いや、勉強は勝負とかではないんだが……」


 俺が口を挟むがエリサは聞いていない。そして高らかに宣言する。


「そして! もしあたしが勝ったら何でも一つ言うことを聞いてもらうわ!」

「いや、勝つって何だよ。それに家庭教師になるのは陛下の命令だから嫌だと言われても困るが」

「まああたしもそこは分かっているし、言うことを聞くのは父上の耳に入って困らないレベルでいいや。じゃあ点数が九割以上とかだったらどう?」


 エリサが何を思ってそんなことを言っているのかは分からないが、国王の耳に入っても大丈夫な程度のことなら言うことを聞いても大丈夫だろう。

 むしろこれは勉強にそこまで乗り気ではなさそうなエリサに自主的に学習をしてもらう好機ではないか。俺は俺でこの機会を最大限利用する方法を考える。


「おいおい、俺はこれまでエリサが習っているはずの内容だけでテストを作ったんだ。それなのに九割で勝ちなんてそれでいいのか?」

「な、ど、どういうことっ!?」

「何でも言うことを聞かせるつもりなんだから、当然満点ぐらいはとってもらわないとな」


 俺はあえて挑発的に言う。せっかくエリサがやる気になってくれた以上、これを利用して自発的にこれまで勉強したことを復習して欲しかった。

 正直、こんなことを言ってしまって満点をとられたらと思うと後が怖いが。


「でもそんなの、満点をとれないような問題を出されたら終わりじゃないっ」


 エリサは俺を疑うような目で見る。

 確かに問題を作るのが俺である以上、満点を阻止することはその気になればいくらでも出来る。


「分かった。テストはもう作っている。元々は今日やるつもりだったからな。これは本当に習熟度を確認したかっただけだからひっかけ問題とか無駄に細かい知識を問う問題は入っていない。普通に勉強していれば解けるはずだ。だからこのテストをエリサに預ける」

「え?」


 俺の言葉に最初エリサは困惑を隠せないでいた。


「一週間後まで鍵でもかけて保管しておいてくれ。そして当日にそれを解く。そうすれば公平だろう?」

「でも……そしたらあたしが問題を見ることも出来ると思うけど」

「エリサはそんなことしないと信じている」


 俺はまっすぐに彼女を見て言う。正直俺は彼女のことを詳しく知っている訳ではないし、実際のところどうなのかもよく分からない。


 しかし教師をする以上最初から相手を疑ってかかる訳にはいかない。だから信じている、というよりは信じることに決めた、というのが本音であった。


 そんな俺の視線を受けてエリサはしばしの間見つめ合う。が、やがて彼女は照れたように少し頬を赤くして目をそらした。


「ま、まあ別にそんなこと言われなくてもあたしがカンニングなんてする訳ないけどっ」

「それからもし勝負するというのならもう一つ条件をつけていいか?」

「な、何?」

「もし満点じゃなかったらエリサが悩んでいることを教えて欲しい」

「え、やっぱりわかる?」


 俺の言葉にエリサは少し驚いたように言う。ということはやはりそうだったのか。


「分かるというか……何となくそう思っただけだ」


 確証はなかったが、彼女は初対面の俺に対して無理にテンションを高く作っているのではないかという思いがあった。もちろん彼女がそういう性格というのはあるのだろうが、だからといっていきなり俺に好きな女性のタイプなんか訊くのが普通とは思えない。

 それに初日も勉強は好きではなさそうなのに俺よりも早くから部屋に来ていた。それが俺には何か別のことで不安があってそわそわしているように見えていた。

 

 エリサは少し考えた末、こちらに向き直ると強気に言い放つ。


「ま、まあそこまで言うならそういうことにしてあげてもいいけどねっ。まあ、勝負はあたしが勝つからその条件は無駄に終わるけど」

「じゃあこれから一週間授業はなしにするか。新しいところに進むにもこれまでの復習が終わってからの方がいいだろうし。他二人も放っておく訳にはいかないし」

「そうだね。じゃあ絶対満点とってみせるから覚悟しておいてっ!」

「期待している。じゃあこれがテストだ」


 こうしてこの日の授業はそんな約束をして問題用紙だけ渡し、お開きになったのだった。

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