エリサ編

エリサと初授業

 翌日の午後、早速俺は長女エリサの初回授業に向かうことになった。一応俺は国王からセーナを通してどのようなことを教えて欲しいか、今まで彼女がどんな勉強してきたのかというカリキュラムのようなものを受け取っており、それを元に授業することになっている。もっとも今日は初回だから具体的に教えるところまではいかないだろうが。


 さすがに王女の私室に入る訳はいかないので、俺は王宮に用意されている部屋に向かう。エリサは比較的話しやすい人物だったが無事に教えられるだろうか。一応指定された時間よりは大分早めに向かったが、部屋のドアを開けると中にはすでにエリサが待っていた。

 応接室のような部屋の真ん中にテーブルと向かい合わせの椅子が置かれており、部屋の前には一応警備の騎士が経っていた。


「わ、悪いな遅くなってしまって」


 エリサが俺より先に着ていたことに驚き、部屋に入るなり謝ろうとしたが、国王に敬語を禁止されていたことを思い出して俺はさらに動揺してしまう。するとエリサはそんな俺を見ていたずらっぽい笑みを浮かべた。


「大丈夫。私、メルクに早く会いたくて待ってただけだから」

「そうか、そんなに勉強を楽しみにしているなんて熱心だな」


 が、俺の言葉にエリサは口を尖らせる。


「いや、そんな訳ないでしょう? あたしはあなたに会いたくて待ってたって言ったんだけどな~」

「勉強を教えに来たのにそんな訳ないとか言わないでくれ」


 俺は何とか平静を取り繕ったものの、内心はたじたじであった。一体なぜ彼女はいちいち俺をからかうようなことを言うんだ。昨日会ったときはもう少し大人びた雰囲気だったが、これではまるで年頃の女子だ。いや、まあ彼女も王族というだけで年頃の女子ではあるのだが。


 俺は部屋の中央にあるテーブルにエリサと向かい合うように座り、国王からもらった資料を広げる。


「まあ、せっかく早く来てくれたんだし始めるか。とりあえず今日はどんな授業をするかの計画だが……」

「いやいや、まだ授業開始時間になってないよ?」

「え、お互い早く集まったんだから早く始めて早く終わらせないか?」

「メルクはちょっとドライすぎるよ。初回なんだし、授業開始までお互いのことを知るために色々雑談しようよ」


 そう言われてみるとエリサの言葉はその通りかもしれない。どうせ今日は初回だから授業と言っても自己紹介や現状確認が中心になるだろう。それにお互いの仲を深めておくのも今後重要となってくるだろう。


「分かった分かった、じゃあエリサの得意科目を教えてくれ」

「剣術かな」


 俺が期待していた答えではないが、一応会話を続ける。


「何で剣術をやろうと思ったんだ?」

「何でって言われると困るけど、あんまり机に向き合って難しい本読むのすきじゃないんだよね。息が詰まるし」


 しょっぱなから嫌な事実を聞いてしまった。俺の仕事は机に向き合って難しい本を読ませることと言っても過言ではないのだが。


「どちらかというと体を動かすのが好きってだけで別に剣じゃなくてもいいかな」

「そうか。俺はどちらかというと本を読むのが好きだな。昔から運動神経は悪いし」


 俺の言葉にエリサは若干嫌そうな顔をしたが、すぐに話題を変える。


「そうなんだ。じゃあ次はあたしが質問するね? メルクの好きな女性のタイプを教えて?」

「ごほっげほっ」


 想定外の質問が来たので俺は思わずむせてしまう。対するエリサは目を輝かせて俺の答えを待っていた。


「いや、それは授業と関係ないだろ」

「そんなことないよ。好きな女性が分かればその人の人となりも分かるし」


 そう言われると何となくそんな気もしてくる。俺はエリサに弄ばれているような気がしたので、軽く反撃に移ることにする。


「じゃあエリサはどんな男が好きなんだ? 俺もエリサの人となりを知りたいんだ」

「うーん、まずどちらかというと頭がいい人かな。魔法とか使えるとなお格好いい。それであまり自分の価値観を押し付けずにあたしを尊重してくれる人かな。顔は……真ん中ぐらいかな。あんまり格好いいと浮気されそうだし」


 おい、それはもしかして俺のことじゃないだろうな? と言いそうになって俺は黙る。きっとそうやって俺を動揺させるのが狙いなのだろう。逆襲のつもりだったのにこれで動揺していたら情けない。


「そうか。そういう人が見つかるといいな」


 突き放すように答えると、エリサは少しむくれる。


「むう。じゃあ次はメルクの好みを教えてよ」

「そうだな、俺は教師をからかわずに授業をしっかり受ける真面目な人が好きだな」


 エリサは一瞬沈黙したが、すぐにうまい返しを見つけたとばかりに言う。


「……じゃあ相思相愛!?」


 今のところそんな雰囲気は全くないが。


「……そうだといいな」

「まあいいか。じゃあお互いの人となりが分かったところで授業を始めようか、先生?」


 エリサはひとしきり笑うと、すん、と真面目なテンションに変わる。

 彼女が明るく社交的な人物なのはそうだろうが、だからといって初対面の俺に今のように接していたのが素だとも思えない。そうなると今までのは少し無理していたんじゃないか、と思えてくる。

 それは一体なぜだろうか。俺の緊張をほぐすため……ではないだろう。ある意味余計に緊張したし。

 結論が出ないまま、俺は授業を始める。


「じゃあ改めて、とりあえずこれまで習ってきたことを確認するか。王国史は王国暦二百年頃までであってるか」

「うん、合ってるよ。まあそこまで習ったってだけで覚えているとは限らないけど」


 国王によるとこれまでは専属の教師という形ではなく、その時々でその科目に詳しい人物を呼んで勉強を教えさせていたらしい。


「ざっくりでいいから覚えていてくれ……。そうじゃないと続きに進めないだろ。じゃあ、この国の四代国王の元で行われた改革は?」

「……分からない」


 うーん、まあまあ有名なはずなんだが。少なくとも、特に歴史に詳しくない俺ですら元々知っていた。


「次に王国政治はどうだ?」

「王族の権力のくだりはやったけど、貴族についてはよく分からなかった」

「それは俺もよく分からないんだよなあ」


 正直、働かずに領民の税で豪遊している人たちというぐらいの認識しかない。

 エリサに教える前に俺も図書館に籠らないといけなくなるかもしれない。


「魔法知識についてはどうだ?」

「それがこれまで全く教えてくれる先生がいなくて。あたしも小難しい本を読むより魔法がやりたかったんだけど」

「いや、俺が陛下に教えるよう言われたのは魔法の知識だから小難しい本を読む授業だがな」


 俺の言葉にエリサは分かりやすく落胆した表情になる。

 そんな感じでこの日はエリサのこれまで習った範囲を大体確認していく感じで終了した。もっとも、本人が言っていた通り習ったというだけで覚えているかはかなり怪しかったが。


「……と言う訳で今日はありがとう」

「まあ今日はあくまで初回だ。次回からはバリバリ授業するからな」

「うん」


 エリサは少しだけ名残惜しそうにしてくれた……ような気がした。

 そこで俺は少し悩んだが言葉を付け加える。


「それから、もし悩んでいることがあったら言ってくれ。力になれることがあるなら力になる」

「本当? ……じゃあ、何かあったら言うね」

「おお。じゃあまたな」

 

 エリサは俺の言葉に表情を少し明るくしたが、この日はそれ以上のことを言うことはなかった。

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