三姉妹と初対面

「あの、平民の子供ならともかく、俺一人で王女殿下三人教えろと仰せですか!?」


 俺は国王の言葉に耳を疑った。うちの国王は若いころには自身で軍勢を指揮していたことがあり、人に物を教えるということがそこまで簡単ではないということを理解しているはずだ。

 もちろん、ただの学生に魔法や勉学の知識を教えるだけであれば相手が複数人でも困ることはない。しかし王族となれば教える知識は幅広くなるだろうし、ちょっとでもあやふやだと思ったことはしっかり確認してからでないと教えられない。

 が、俺の確認に国王はしっかりと頷く。


「うむ」

「お言葉ですが陛下、私に王族の方を三人も同時に教えることは不可能かと存じます」

「しかしメルクリウスよ、考えてみるが良い。余は娘たち三人とも目に入れても痛くないほど可愛く思っている。そのうちの一人だけにおぬしのような優れた教師をつけ、残り二人をほどほどの者で妥協するということは出来ぬのじゃ」


「ですが私程度の者であれば他にも……」

「ならば名前を挙げてみよ」


 そう言われてしまうと言葉に詰まる。もちろん優秀な学者や魔術師が国にいないという訳ではないのだが、大体はすでに何らかの職についているか、冒険者としての仕事をしている最中である。

 答えられない俺に対して国王は勝ち誇ったように頷く。


「そういうことじゃ。まあもしもいい人がいれば副教師としても良いがな。それでは早速三人と顔合わせしてもらおう」


 いきなりのこと続きで呆気にとられている俺に対して、国王は勝手に物事を進めていく。まあ相手が国王である以上俺がどう反論しようが最終的には逆らうことは出来ない訳ではあるが。

 国王の命令で家来の一人がどこかに走っていき、やがて複数の足音とともに戻ってくる。


「お連れいたしました」

「うむ、入りなさい」


 国王の言葉に合わせて室内に三人の王女が入ってくる。


「初めまして、あなたがあたしたちの先生になってくれる人? あたしは第一王女のエリサ。よろしくねっ!」


 最初に声をかけてきたのは第一王女のエリサ。輝く金色の髪に美しい瞳と整った顔立ちをしている。服装も赤を基調としたきらびやかな肩出しのドレスをまとっていた。俺はパーティーでしか見たことないような服装だが、普段からこのような恰好なのだろうか。

 第一王女らしい堂々とした外見とは裏腹に、最初の言葉からも分かるように、初対面の俺にもまるで旧知の友人に会ったかのように親し気に接している。


「よ、よろしくお願いします」


 まさか王族にそこまでフレンドリーに接されるとは思わず、俺は面食らってしまう。

 確か今年で十八歳で、評判によると社交的な性格で貴族や大臣たちの支持も厚いというがそれも納得であった。ちなみに女性ながら剣技もなかなかのものらしい。


「先生なのにそんなに固くなられるとこっちまで緊張してしまうな」


 絶対緊張してないだろ、と思ったが彼女の言葉に俺は少し緊張を解く。


「そうだな。私はメルクリウスと申しまして、主に魔術や魔物などの知識に精通しています」

「そう、じゃあメルクって呼ぶね。よろしくっ!」

「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 何と初対面でここまで距離を詰めてくるとは。とはいえ、相手が王族であるということを考慮しなければ何かを教える際には距離が近い方がいいというのは確かだ。


「ではルネアよ、自己紹介するのだ」


 国王の言葉で次の王女が進み出る。


「私はルネア。よろしく」


 長女エリサとは正反対で、今度は俺への挨拶を最低限で済ませようという意志がありありと感じられた。

 ルネアは薄青色の髪を肩の辺りで切りそろえたセミロングだが、前髪は目にかかっていて目が合わない。少し付し目がちで極力視線を合わせないようにしているのがありありと分かってしまう。服装も灰色のニットに、ロングのハイウェストスカートという地味なものだった。


「こ、こちらこそよろしく」

「じゃ、次」


 ルネアはそれ以上何かを言うつもりはないのか、隣にいる三女に目をやる。

 ちなみにルネアは内向的な性格でエリサと違ってあまり評判も聞かない。しかし魔術師としてはかなりの知識を有しているらしい。とはいえ最初からこの感じだと先が思いやられるな。

 とはいえ、いくら賢者とはいえ俺は平民。元々身分の距離があるということもあって、今はこれ以上話しかけることも出来なかった。


 そんなことを考えていると最後の一人がこちらに進み出る。


「はい、私は三女のミュリィです! メルクさんよろしくお願いします!」


 三女のミュリィは上二人とは打って変わって天真爛漫な人物のようだった。短く切った桃色の髪や半袖のワンピース姿もそれを表している。明るいという点ではエリサと似ているが、エリサからは大人びた雰囲気を感じ取れるのに対しミュリィからは無邪気さが主に伝わってくる。確か彼女はまだ十三だったからそれもあるだろうが。


「ああ、こちらこそよろしく……お願いします」


 年下ということもあってうっかり近所の子供に対するように返事してしまいそうになる。身分を超えた距離の詰め方であった。

 親しみを持ってくれるもの同士でも、エリサは友達という感じだが、ミュリィは妹みたいな感じだ。


「はい、私も姉上たちのように立派な女性になりたいので色々教えてください!」

「もちろんです。教師として全力でお教えいたします」


 ちなみにミュリィについては幼いこともあって評判はあまり聞いたことはないが、神殿で修道女見習いをしているという。

 こうして一通りの自己紹介が終わった訳だが、それを見ていた国王はぽつりと言う。


「ふむ、これではいかんな」

「何がでしょうか」


 今の短いやりとりの中に何かまずい要素でもあっただろうか、と俺は不安になる。


「メルクリウスよ、おぬしは相手が王族だからといって遠慮しているな」


 予想の斜め上をいく指摘に俺は困惑する。

 相手が王族なのに遠慮しないやつの方が問題だろう、と思ったが口には出さない。

 が、俺が何も言わなかったせいか、国王は恐るべきことを告げた。


「と言う訳でおぬしには今後三人に敬語を使うことを禁ずる」

「そんな!」


 俺は思わず悲鳴を上げてしまった。三姉妹も困惑していると思いきや、エリサはにやにやと楽しげにこちらを見つめており、ミュリィも特に気にしている様子はない。ルネアは……無表情のままでよく分からない。


「だってさ、よろしくね?」

「いや、エリサ様、いくら何でもそれは……」

「あ、今様付けしたから有罪だね」


 そう言ってエリサは楽しそうに笑う。やっぱりエリサはこういうタイプか。

 最後に国王は厳粛な表情に戻って告げる。


「まあそういう訳だ。あ、それから最後に一つだけ言っておく。基本的に教師である以上親しければ親しいほどいいが、それはあくまで精神的な話だ。万一手を出したらお前を八つ裂きにして城門に死体を晒すことになる。それだけは覚悟しておくように」

「は、はい」


 敬語を使わずに話すだけで苦労しているのにそんなことをする訳がない、と俺は心の中で思うのだった。

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