転職先は家庭教師
「いやー、これはすぐには治らないねぇ」
グレゴールと別れた俺は一つ離れた街の神殿に向かって、治療を頼んだ。普段滞在している街に行かなかったのはグレゴールらと鉢合わせたくなかったためである。
が、俺の体を診た司祭長は同情するように言い放った。
「回復魔法でもだめなのか?」
「ああ。もちろん傷を治すことは出来るが、この火傷には魔力吸引の呪いも掛けられている。魔王直々にかけた呪いだ、打ち破るのには時間がかかるだろう。もちろん無理矢理治すことを試みることは出来るが、失敗するとどうなるか分かったものではない」
一応俺は“賢者メルクリウス”としてそこそこ名の知れた冒険者だ。ある程度自信がなければ魔王に戦いを挑むなんてしないしな。だから神殿としても打てる限りの手を打ってくれたが、簡単にはいかないらしい。
緊急事態ならともかく、魔王を倒した今となっては荒療治をするリスクを冒す必要もない。
「まあしばらく仕事をする気はないし、ゆっくりで頼む」
「その件については聞いた。まあ、傷が癒えたら考え直してはどうだ? どんなパーティーだっていつも仲良しこよしという訳じゃない。一回や二回は大喧嘩するものだ」
司祭長は俺をなだめようとしてくるが、俺の意志は変わらない。
「グレゴールが土下座して謝ってきたら考える」
「お前さんなあ、気持ちは分かるが……」
「報酬だけは等分して俺に渡してくれるよう頼んでおいてくれ」
魔王討伐の報酬は結構な額が国から支給される。例え四等分したとしても数年は働かずに済む額になるはずだ。
そう言って俺は神殿を出た。
数日後、俺は治療と経過観察のため神殿に向かった。魔王の呪いにはどのような効果があるのかよく分からないため、定期的に診察した方がいいと決まったためだ。
俺は司祭長の部屋に通され、診察を受ける。
「ところで魔王討伐の報酬の件だが、王宮から返事があってな、分割で払うのはいいが報告もかねて一度王都に来るようにとのことだ」
「なるほど。まあどうせ暇だしいいか」
そういう報告はグレゴールが行えばいいと思っていたが、確かに国王からすると全員の話を聴きたいのかもしれない。今後似たような魔物が出現した際の対策に使うだろうからおろそかには出来ない。
「そうだな。王都の神殿であればもしかすると呪いを解く手がかりもあるかもしれない。行ってくるといい」
「分かった」
呪いが残っているとはいえ、ただの傷は治癒魔法で治すことが出来る。そのため、俺は魔力が減少した状態であるという以外はほぼ完全回復していた。幸い王都から迎えも派遣されてきたので、俺は一応彼らに護衛されながら王都に向かった。
ここエンバルド王国は周辺で最大の人間国家であり、王都は一万以上の人口を誇る大都市であった。そしてその中央には周囲を威圧し王国の力を誇示するように王城がそびえたっている。
数年ぶりにやってくると、魔王討伐の報が伝わっているせいか王都の人々はお祭り状態であった。もちろん各地の魔物は依然として残っているが、エンバルド王国に対抗出来る勢力は魔王ぐらいだった。そのため王国を外から脅かす者はもういないと言っても過言ではない。それを自分がもたらしたのだと思うと、少しずつ魔王を倒したんだという実感が湧いてくる。
本来王宮に入るには煩雑な手続きがいるらしいが、俺は招かれた側であったため、引率の兵士の案内ですぐに入ることが出来た。てっきり俺は謁見の間のようなところに通されるのかと思っていたが、通されたのはそこまで大きくない部屋であった。
一応部屋には一段高くなっているところがあり、そこに小ぶりの玉座が設置されており国王が座っている。若いころは隣国との戦で自ら剣を振るったという武勇伝もある国王は四十ほどになっていたが、まだ若々しさを残していた。
普段は威厳のあるたたずまいの国王だったが、俺を見ると歓迎の笑みを浮かべる。
「メルクリウス、ただいま参りました」
「うむ、良くぞ参った。魔王討伐についてざっくばらんに話を聴きたいと思い来てもらったぞ。とりあえず座るが良い」
「失礼いたします」
俺は国王に向き合う形でソファに座る。国王の前には護衛の近衛兵が並んでいるが、俺と王の距離は二メートルほどしかない。
「ではまず魔王との戦いについて聴こうか」
「はい、……」
こうして俺は訊かれるがままに魔王討伐の顛末を話した。それを傍らにいた書記がものすごい速さで速記していく。グレゴールの件については少し迷ったが、国王に内輪もめについて語るのも恥ずかしいと思い、単にシンシアは倒れて自分は治療のためにパーティーを離脱したと伝える。
うんうんと話を聞いていた国王だったが、終わると一言、
「魔王討伐、大儀であった。それでおぬしの話によると、今はパーティーには所属していないのだな?」
と、なぜかそこを確認される。
「はい、そうですが」
「うむ、前々からおぬしの話を聞いて機会があればと思っていたが、今こそ絶好の機会かもしれぬ。余には三人の娘がおる。そろそろ教師をつけなければならぬ時期だが、人選に難渋していてな」
もしやその役割が俺に回ってくるというのか?
急すぎてにわかには信じられない話だった。何せ俺は冒険者であって、教師などしたことがない。
「王宮にはたくさんの人材がいると聞いておりますが」
「うむ。それらの者は王子たちの教師や大臣や将軍などにすでに任命してしまったのだ」
言われてみれば、王女は基本的に王位を継承することがないため、王子に比べれば優先順位が下がるのかもしれない。
「それで人選が遅れていたが、おぬしと直接話して思ったのだ、これまでふさわしい人材が現れなかったのはおぬしが現れるのを待っていたからではないかと!」
「は、はい」
国王が突然運命みたいなことを真面目な表情で語りだすので俺は頷くことしか出来なかった。確かに魔法や魔物の知識では負けるつもりはないが、冒険者をしていたため俺の知識は実践的な方面に偏っていて、王族の教育に役立つのかはよく分からない。
「しかしいいのでしょうか? 私は他人に物を教えたことなどありませんが」
「良いのじゃ。それでわざわざおぬしを呼んで直接言葉をかわしたのだから。おぬしの話し方は理路整然としているだけでなく、非常に分かりやすかった。それに人柄も誠実そうじゃ」
要するに今の報告は実は面接を兼ねていたということか、と俺は感心する。
そして国王にここまで言われてしまえば俺に断るという選択肢はない。それに国王直々に褒められれば嫌な気はしない。
「分かりました。微力ながら謹んでお受けさせていただきます。それで私はどの殿下の教師をすれば良いのでしょうか?」
「もちろん三人全員に決まっている」
「は?」
俺は国王の言葉に耳を疑った。
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