王女三姉妹の家庭教師
今川幸乃
序章
追放
「今だ、行け、メルクリウス!」
「魔王め……喰らえ、ヘル・フレイム!」
仲間の声に合わせて俺は最後の力を振り絞って最強の炎魔法を放つ。俺の全身からあふれ出した魔力が何物をも焼き尽くすと言われる業火となり、最強の魔物と名高い魔王に向かって飛んでいく。
対するは何千もの魔物を使役する、頭からは山羊の角、背には黒い翼、トカゲの尾を生やす数メートルの体長を誇る異形の化物。しかしそんな魔王も俺たちの攻撃を受け、もはや息も絶え絶えであった。
数時間にわたる激戦の末、魔王も俺たちももはや魔力は尽き果てていた。
これが俺の最後の攻撃だった。この攻撃で魔王を倒せれば俺の勝ち、倒せなければ俺たちの負けと言っても過言ではない。
「おのれ、人間風情があああああああああああああああああああああああああ!」
対する魔王も絶叫しながら最後の魔力を振り絞ろうとするが、もはや防御魔法を張ることも出来ない。魔王の身体はあっという間に業火に包まれる。
倒したか!? と俺たちの誰もが思った。
が。
「余を倒してお前たちだけで生き延びようなど、断じて許さぬ!」
炎の中から魔王の最期の叫びが聞こえてくる。
そして。
「お前たちも道連れにしてくれるわ!」
突然轟音とともに魔王の体が爆発を起こし、凄まじい爆風が俺たちに迫る。
「逃げろ!」
前衛職の剣士グレゴールや盗賊のケントは素早く近くに落ちている瓦礫の下に潜り込んで身を隠す。が、俺や神官のシンシアは身体能力が低い上に魔力も底をついており、とても避けきれない。
「危ない!」
俺は咄嗟にシンシアをかばうため、彼女の前に立って両腕をクロスし、爆発に立ち向かう。
次の瞬間、焼けるような熱さに俺の体は包まれる。俺は悲鳴を上げてのたうち回ったが、魔王の執念がこめられた爆発は範囲が広く、俺は逃れることも出来なかった。爆発で発生したのはただの炎ではなかったらしく、俺が装備していた魔法攻撃を防ぐ効果がある防具は次々と割れていき、さらに熱とともに俺は全身から魔力を吸われるのを感じる。この爆風はただの爆風ではなく、魔力を吸い取る呪いまで込められているのではないか。
「うわあああああああああああああああああああああああ!」
痛みや熱との戦いが終わったのは永遠かと思われるような十数秒の後だった。どうにか生き延びたものの、全身に火傷を負っているのだろう、激痛が走る。魔王討伐のために買い集めた防具類は全て割れてしまったが、どうにか生き残ることが出来た。
その後ろで倒れていたシンシアは俺がかばったおかげで外傷こそなさそうであったが、気絶している。
「大丈夫か!?」
俺は慌てて声をかけるが彼女の反応はない。爆風はある程度俺が防いだが、呪いにあてられたせいだろうか。
「おい、シンシア!?」
そこへパーティーリーダーでもあるグレゴールがこちらに駆け寄ってくる。彼は全身に傷を負っているものの、重傷はなさそうだ。そして倒れているシンシアの体を揺さぶる。
が、それでもシンシアの反応はない。
「おい、これはどういうことだ!?」
グレゴールは俺に対して激昂する。
「魔王の最期の自爆に巻き込まれてしまった」
俺は力なく説明するが、グレゴールの怒りはますます強くなっていく。
「何言ってるんだ! 防御魔法はお前の仕事だろ!?」
「そうは言ってもずっと戦っていたからもう魔力は残っていなかった」
シンシアが倒れて取り乱すのは分かるが、それを俺に言われても困る。
が、グレゴールの怒りは収まらない。
「何で防御魔法が使えないぎりぎりまで魔力を使うんだ! 配分を考えろ!」
「そんなこと言われても俺が魔王に攻撃したのはグレゴールの指示だろ?」
「だからといって防御魔法の余力を残さず攻撃する奴があるか!」
「魔王に対して力を抜くなんて出来る訳ないだろ! そもそもお前だって魔王が自爆したとき、最初に自分の身の安全を優先したじゃないか! 俺はシンシアを守ろうとしたんだ!」
グレゴールの理不尽な怒りに触れて俺の方もヒートアップする。別に俺が全く悪くないとは思わないが、パーティーで全力を出して戦った以上、シンシアが倒れたのも全員の責任じゃないか。
「何だと? お前はどう思う」
グレゴールはぎろりと傍らのケントを睨みつける。
グレゴールの圧に彼は体をびくりと震わせた。
「お、俺もメルクリウスが悪いと思う。俺たちは悪くない!」
ケントはケントでわが身を守ることしか考えていなかったのが後ろめたいのだろう、俺に全ての罪を覆いかぶせようとしてくる。
「おい、全部を俺一人のせいにするのはおかしいだろう!」
「そもそも前々からお前のことは気に入らないと思っていたんだ! 魔王も討伐した以上お前なんていらない、出ていけ!」
激昂したグレゴールはついに言ってはいけないことを叫ぶ。前々から彼はシンシアに好意を寄せており、それだけならいいが俺を勝手にライバル視して絡んでくることが増えてきていた。もしや俺に責任をなすりつけて追い出そうとしているのもそのせいではないか、と勘ぐってしまう。
俺の方もシンシアを守ったはいいが、全身に傷と呪いを受けてしまった。どうせしばらくは冒険には出られない。魔王も倒したことだし、これを機にこいつとは縁を切った方がいいかもしれない。
「……分かった、こっちこそお前なんて願い下げだ」
そう言ってから俺はちらりとシンシアを見る。彼女をグレゴールの元に残していくのは不安だが、こいつはシンシアには甘いから酷いことはしないだろう。
こうして俺は数年来の付き合いだったグレゴールらとたもとを別ったのだった。
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