第563話

 試合終了のホイッスルが鳴った後のリーブズスタジアムは、勝った時の様な盛り上がりだった。選手の健闘を称える声は一向に止まず、試合後の挨拶の周回をする彼女らには惜しみない拍手が贈られた。

 1名少ない状態で勝ち越しを許し残り時間僅か……というところで追いついたのだ。そんな気分になって当然というものだろう。しかも数的不利なチームが最後まで走り続けられたのは間違いなくサポーターの声による後押しがあったからであり、自分たちも共に闘った! という気分がいつもより強く残ったのだ。

 また記者会見では両チームの監督とも――て他人事みたいだが片方は俺である――口を揃えて

「勝ちに等しい引き分けになった」

と感想を述べた。

 ノートリアスにしては不調な選手が多い中、アウェイでエルフ代表と引き分けたのであるし、我々アローズにとっては前述の通り1名少なくビハインドの状態からドローへ持ち込んだのだ。決して強がりや駆け引きでそう口にしたのではない筈だ。

 そうそう駆け引きと言えば! 今回は若手が多かったとは言え、アローズをその駆け引きとパス捌きで翻弄したモーネ選手、リュウコーチとの会談が試合後に予定されていたのだった。

 場所は試合後のアローズ側ロッカールームだ。俺は事情を知るステフへの伝言をレイさんにお願いし、他の選手やコーチを先に帰らせて一人で待つことにした……。


「失礼します」

 意外と礼儀正しい挨拶の声と共にモーネ選手、ついでリュウさんが更衣室へ入ってきた。

「あ、どうぞ。迷いませんでしたか?」

 彼女らを待つ間に並べておいた椅子や机を指しながら俺は言う。意外と早かったなあ。準備、できたところだぞ?

「ありがとうございます。勝手知ったるホームでしたから」

 リュウさんはそう言いながら俺の右手に座る。正方形のテーブルを挟んで真正面の方はモーネ選手が選んだ。

「あ、そっか。スタジアムの方は、まだ手を入れてないですからね。クラブハウスの方は変わりましたよ~」

 俺は照れ隠しとアイスブレイクにそんな事を口にした。そりゃそうだよな。元エルフ代表選手たちなんだし、スタジアムについては俺より詳しいくらいだろう。

「お噂はかねがね聞いております! 最先端の分析装置に多面コートに、全てショーキチ監督の立案なんですよね!?」

「ええ、まあそうと言えばそうですね……」

 予想外のリュウさんの熱量と、自分の立案というには大げさだという思いで少し腰が引けながら俺は答える。

「立案と言えば最後のFKの壁! アレも監督の差し金でしょう?」

「はい!? ああ、バレてましたか」

 これもリュウさんからの質問だ。なぜ会談を言い出した姉ではなく弟さんとばかり話しているんだろう? と思いつつも俺は言葉を続けた。

「ユイノさんはGKとして経験が浅くて、有効な壁を作る技術が足りていませんでした。なので逆の発想としてGKではなくFKを蹴る選手が主体となって、蹴り難い壁を作ってみてはどうか? と思いまして」

 俺達が語っているのは最後のプレー、ノートリアスのFKからの攻撃が失敗に終わり、アローズのカウンターの起点となった部分の話だ。

「残念ながらポリンちゃ……選手は下がってましたが、幸いアローズにはFKの名手が複数名いました。あとFKの場所が直接だけでなく味方に合わせる事もできる位置だった事、こちらがカウンターの為に選手を前へ残したので、一見するとマークの数が足りて無さそうだった事も布石でした」

 他にもポイントはあったが、俺はとりあえず3点だけまとめて説明する。おそらくそれだけでも十分足りるだろう。実際、エオンさんの指示で作った壁はなかなかに強固で直接ゴールを狙うには手強く、より得点する可能性が高いパスを選ぶのは必然だった。

「なるほど……。姉さんも監督の手のひらで踊らされたか」

「いやいや、こちらこそ若い選手たちを翻弄して下さって……勉強になりました」

 俺はエルエル退場の経緯を暗に示唆し、モーネさんの方を見る。はてさて彼女はどんな顔をするか? と思ったら、姉エルフは意外にも目があった途端、はにかみ笑いをした。

 今更ではあるが、モーネさんはチームジャージでもなく軍服でもなく、ふわっとした感じの白いワンピースを着ている。その服装と相まって全体的にいかにも自分の可愛さに自信がある、ちょうどエオンさんと似た様な印象を俺は受けた。

「ふうん、口が上手いじゃん……」

 モーネさんは更にそう言いながら髪を触った。いや、褒めたのではなく遠回しに皮肉を言ったつもりなんだが? この姉弟、どちらも微妙にコミュニケーションが難しいな。

「それはそうと、本日はどのような用件だったのでしょうか? コーチ同士で感想戦をしたくて、ではないですよね?」

 この難しさはどこから来るのだろう? と思いつつも俺は話を本題へ進めようとする。

「あ! そ、そうよね」

「すみません、ショーキチ監督の話が楽しくてつい」

 一方、俺の言葉を聞いた姉弟も少し話し難そうだった。こちらは明確に俺のせいではなく、話の中身の問題の様だ。

「ええと、ショーキチ監督は地球って所からやってきたのよね?」

「お若いにも関わらず、多方面の知識が豊富だとか」

 そんな中でもモーネさんは絶えずこちらの関心を引くような話し方をし、リュウさんは俺はおだてるような言い方だ。

「はあ。地球云々はともかく、知識が豊富とはとても……」

 俺は謙遜ではなく本心からそう応える。と同時にどこからそんな情報を得ているんだ!? との疑問が沸く。

 おそらくだが……まだ連絡を取り合っている縁者がいるのだろう。デイエルフの方々は情が深く、絆が強い。別れた経緯があんな感じ立ったとは言え関係は切れてなかったのかもしれない。

 エルフという種族のこういう部分、機密保持や安全では良くない面だ。俺の誘拐を手引きしたパリスさんの件みたいな事もあるし。だがチームの一体感や助け合いの精神という意味では助かっている。やはり何事にもメリットデメリットがあるもんだな。

「それでね……。『複雑な性のあり方』なんかにも詳しいのかな? って」

「宜しければ、その辺りの相談をしてみたいなと」

 と、別の事を考えていた俺に姉弟は全く予想外の言葉を投げかけてきた。

「はあ。もしかしてお知り合いのどなたかが性自認でお悩みとかなんですか?」

 エルフにもそういうのあるんだ……と驚きながらも、俺は最初に浮かんだ質問を口にする。

「ちょっと違うかな……」

「知り合いじゃなくて、僕たちなんです!」

 そんな俺に、モーネさんは髪を捻りながら、リュウさんは身を乗り出しながら言う。

「え!? つまり……どういう話で?」

「つまり、えっと、ね……」

 全く分からない俺がそう訊ねると、姉弟は目を合わせ何かを決意した様だった。

「つまり……僕たち……」

「私たち……」

 はっ!? もしかしてこの感じは!?


「「入れ換わっているんです!!」」

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