第562話

『じゃあエオンはベンチから精一杯、エールを送ろうかなっ!』

「ちょっと待てい!」

 失点シーンを見て何か言いつつステップを踏んでその場を去ろうとするエオンさんの、その左手に握られたコオリバー君を俺は掴んだ。

『ちょっとプロデューサーさんっ!? これはエオンのよっ?』

「不利な状況になったからって逃がしませんよ? ご希望通り出場して貰いますから!」

 俺はナリンさんとジノリコーチを呼んでこの機を見るに敏なエルフへ幾つかの注意点を伝えて貰う。正直、エオンさんのこういう性格――自分が輝く事を第一に考え、逆に活躍できそうにないなら素早く撤退する――は嫌いではない。己に有利なフィールドで戦い苦戦を避けるのは兵法にも適っているからだ。

『……なるほど! 攻守でエオンが要なのねっ!』

 だた戦略眼という点ではやはり全体を見ている我々コーチ陣と選手では違う。エルフとドワーフの説明を聞いて、ようやくエオンさんは納得した様だった。

「7番と交代、お願いしまーす!」

 俺は第4審判さんにジェスチャーで交代がある事を伝える。失点したチームが直後のキックオフ前に選手を入れ替えるというのはよくある事なので、リザードマンもすぐに意図を察しそれを受け入れた。

『ショーキチお兄ちゃん、ごめんなさい……』

 ピッチから出たポリンさんが俺の前へ来て何か呟く。ハーピィ戦とは全く違う形での去り方で彼女の表情も重く暗い。

「大丈夫! しっかりクールダウンしておいで」

 落ち込むポリンさんをちゃんとケアしたい所だが、まだ試合中だ。俺は彼女の目をしっかり覗き込んで握手をした後、ナリンさんに受け渡してピッチを見た。大丈夫、残った選手と入った選手がなんとかするから。


 アローズのシステムは変わらず1432。ポリンさんのいた左のIHにエオンさんが入っただけである。個性としてエオンさんはポリンさんよりもFW寄り。またパスよりもドリブルを得意とする選手である。これが右IHを務めるレイさんと似通っており、そういう意味ではバランスが良いとはとても言えないものであった。

 しかもエオンさん、レイさんともに守備をサボりがち。クエンさん独りにかかる負担は大きなモノとなり、1点を追いかけるエルフ代表チームは逆に攻め込まれる状態となっていた。

 だが……これはある意味で俺の目論見通りであった。


『また不味い所でFKだニャー! 全員、戻れー!』

 後半37分。クエンさんがボシュウ選手との競り合いの中でファウルを犯し、ノートリアスへFKが与えられた。場所は前半モーネ選手に決められた位置よりやや後ろの逆サイドだ。ニャイアーコーチが再びテクニカルエリアの最前へ飛び出し、指示を叫ぶ。

「待って下さいニャイアーコーチ! 壁はエオンさんに任せて、あとリストさんは前へ残して」

 俺はそう言ってナリンさんへ目配せする。俺の右腕は阿吽の呼吸でその言葉を通訳し、フェリダエ族のGKコーチに伝える。

『ニャンだって!?』

『大丈夫。ショーキチ殿とエオンを信じて』

 彼女たちが話す間にも壁が構築され、両チームの選手がそれぞれ配置へ付く。俺の言葉通り壁作りの主導者はエオンさんだ。まるで自分がキッカーの様にモーネさんの隣に立ち、アローズの面々に指示を出していた。

 やがて笛が鳴りモーネさんがFKを放った。そのボールは糸を引くような軌道を描きゴールへ……ではなく、走り込むガンス族FWの前方へ飛ぶ。直接ゴールを狙うのではなく、味方にヘディングさせるボールを選んだのだ。

『クリアー!』

 ニャイアーコーチが祈りを込めて叫んだ。マークについたシャマーさんと競り合いながらガンス族のFWは頭を振ったが、不完全な体勢から放たれたヘディングは弱々しく飛んでユイノさんの両手にキャッチされた。

『ああっ、くそ!』

 ニャイアーコーチと同じくらい前へ出ていたライリー監督が頭を抱える。いやいや、本当に頭を抱えるのはここからですよ? とほくそ笑む俺の目の前で、ユイノさんがキックモーションに入った。

『モーネ、戻れー!』

 ノートリアスの中でリュウさんだけがそれに気づいていた。必死で姉に向かって守備へ帰るよう叫ぶ。だが遅すぎた。

『ユイノさん、ええやん!』

 この世界のGKで随一のコントロールを誇るユイノさん――何せ昨シーズンまでバリバリのFWだった――のキックは、センターサークル付近にいたレイさんの胸元へ真っ直ぐ飛んだ。プレシーズンマッチのドワーフ戦で直撃したポビッチコーチを悶絶させたボールを、ナイトエルフのファンタジスタは難なくトラップし一発で自分の前方の蹴り易い位置へボールを落とした。

『レイどのーっ!』

 その前にはセットプレイでも守備へ戻らなかったリストさんがいた。大声でパスを呼び込みながら前へ走り込む。だがその両脇にはオークのCB2枚がガッチリ併走していた。

『こういう時はあれやろポリン!』

 ならばどうするか? 足下に集中しながらキックしたレイさんの選択したパスの行く先は、その更に向こうを走るエオンさんだった。

『きたーっ!』

 自分は自分が指示した壁に入らず、さりとて前線に残ってオークにマークされるほど前にもおらず、といったポジションをとっていたデイエルフはその長い足を生かした快足を飛ばしてパスに追いつく。

『そして……エオンが独走してズドーン!』

 そして3歩ほどドリブルして勢いのまま左足を振り抜く!


「「カーーーン!」」


 彼女の宣言とアローズサポーターの祈りも空しく、そのシュートはクロスバーを直撃し、ボールが大きく跳ね返った。

『バ、バカもーん!!』

「大丈夫、まだ生きてます!」

 今は地面にいてジノリ台に載っていなかったジノリコーチが、その愛用の踏み台を蹴りながら怒る。しかし俺は目を『彼女』へ向けたまま、静かにドワーフへ語った。

 その『彼女』は自分の方へ飛ぶボールめがけてやや両腕を広げて先にジャンプした。ついで後から飛び上がった2名のオークの肩がその脇へ入り、そこから更に浮き上がった様に見た。

 常人であればバランスを崩してしまう所だろう。だが『彼女』は両利きだった。左右から不均等にかかった力を上手く調整し、ジャンプの頂点で額を振り下ろし跳ね返ったボールに当てた!


『ゴーーーール!』


 ノゾノゾさんの絶叫がスタジアムに響く。エオンさんのシュートの跳ね返りを、リストさんがヘディングでゴールへ叩き込んだの!。

 後半40分。2-2で同点に追いついた!


第三十一章:完

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