第564話

「それはつまり、モーネさんの身体にリュウさんの心が入ってリュウさんの身体にモーネさんの心が入っているって事ですか? ずっとですか? 一晩交代とかではなく?」

 人は時に、衝撃を受けた結果かえって脳や口の回転が早くなる事がある。今の俺は正にそれだった。

「ううん、交代は無し。入れ換わってからずっと」

「凄い! あっさり受け入れた! やっぱりショーキチ監督はこういうのにも詳しいんだ!」

 俺の早口にモーネさんはキョトンとしながらも返事をし、リュウさんは喜色満面で立ち上がった。

「詳し……くはないです。ただまあ、普通のオタク程度の知識は」

 俺は落ち着いて落ち着いて! とのジェスチャーをリュウさんへ送りながら言う。

 人格の入れ替わり、というお話は小説、漫画、アニメ、実写作品を問わず息の長い人気のテーマであり、その対象も男女、身分、年齢等と多岐に渡る。ある程度の年齢のオタクでそういう作品に一度も触れていない……という人間はほぼいないと言っても良いだろう。

「聞いて良いのか分かりませんが……それは何かの力で? 魔法とか隕石とか?」

「隕石? なにそれ?」

「口外するのは禁じられているんですけど、ある魔導士による魔法で」

 その返答を聞いた俺は隕石の事は忘れてくれ、と告げて少し考え込んだ。なるほど魔法か……。まあ遠く離れた所に身体と心を転移させたり、他人の夢の中へ入ったりする魔法があるのだから、そういうのもアリと言えばアリだよな。と同時に無いものは無いと言えるんだが。

「しかし魔法でしたら、俺に出来る事は殆どありませんよ? 元に戻すならシャマーさんにお願いする方が……」

 俺はそう言ってサッカードウ選手にして天才魔術師でもあるキャプテンの名前を挙げた。残念ながら俺はこの世界に来る時、何か特殊なスキルや能力を授かってはいない。だがシャマーさんはどうやらかなり出来る魔法使いな上に、そのジャンルも詳しそうだ。彼女ならきっと助けになるだろう。

「いえ、元に戻りたい訳ではないんです」

 しかしリュウさんは即座にその提案を断った。何? 元の身体に戻りたくないのか? じゃあ何が問題なんだ?

「では俺に相談というのは?」

「うん、えっとね……」

 それから姉弟は、時折お互いに助け船を出しながら経緯と問題点を語り始めた……。


 事の発端はモーネさんとリュウさんがまだ、献身的なMFとコーチとして活躍していた頃へ遡る。

 両者は前述の通りの形でチームに貢献していたのだが、同時に物足りなさも覚えていた。引いた視点から見た俺にしてみれば、それは彼女らの責任ではなくエルフ代表チームの体質に問題があるのだが、ともかく姉弟はそう感じた。

 このデイエルフ達に言わせれば、モーネには全体を俯瞰して見るような戦術眼が無く、リュウには自分の提案を全員に従わせる発言力が足らなかったらしい。

 だがある時、モーネさんとリュウさんは不思議な魔術の事を知る。その術は同意する互いの精神を一定期間、入れ換えてしまうのだ。しかもそれに関わる副作用は少なく、かかる費用も僅かという事であった。

 姉弟はそれに飛びついた。モーネはリュウの身体に入る事でコーチとしての見識を積む事が出来るし、リュウはモーネの肉体を動かして自分の理想とするプレイを伝える事が可能となる。そしてそれぞれの目標が達成されれば、密かに元の身体へ戻れば良い。

 その魔導がどのように行われたかについては、約定によって口にする事はできないらしい。ともかく結果を言えばそれは上手く行き、シーズンオフの間に姉も弟もそれぞれがそれぞれの身体に馴染んだ。

 やがて始まった次のシーズン。モーネの中に入ったリュウはピッチ内のコーチの様にタクトを揮い、リュウの中へ入ったモーネは新人の様にコーチ業を学んでいった。

 だが、破局はすぐに訪れた。それはサッカードウの記録が示す時期――モーネシステムが通用しなくなり連敗し出す――よりもずっと早く始まっていたという……。


「一言で言えば、どちらも新しい身体に適応し過ぎたんです」

 リュウさん、の中にいるモーネさんがそう言った。

「はあ。あ、それで『一定期間』って言ってたのにまだそのままなんですね?」

 まだ分からない事はたくさんあるが、久しぶりに理解できる部分が来たので俺は少し口を挟む。

「うん、そう。今では大金を積まれたって元の方へは戻りたくないの」

 別にかつての身体を蔑む訳ではないんだけどね、とモーネさんの身体でリュウさんが首を振った。

「戻りたくなくて戻ってないなら何が問題なんですか?」

「問題はですね……。身体が心へ与えた影響なんです」

 リュウさんの中にいるモーネさん……もうややこしいな! 本エルフ曰く戻る気はないらしいから、以降は今の身体で呼称を統一するぞ!

「僕はこの身体ですが……変わらず男性が好きで、女性には興味無いんです。むしろ男の身体である自分と愛し合える男性が好きで」

 リュウさんはそう言うと濡れた瞳でこっちの方を見た。え? マジ?

「そ、それでナリンさんとの仲も……」

 その眼の圧で、俺は思わず口を漏らす。いや、別に口外するなとは言われていないが、ナリンさんのプライベートに言及するつもりはなかったのに!

「ご存じだったのですね! ええ、ナリンは凄く良い子です。羨ましくも思います。彼女ほど美しければ、きっと多くの男性に好かれるでしょう。でも僕は……」

 そう言いながらリュウさんはテーブルの上の手に自らの手を重ねる。

「ショーキチ監督、いえ、ショーキチさんと呼んで良いですか? 貴方の方がずっと魅力的に思います」

 あ、いや、出来れば監督のままが良いな……と思いつつロッカーの幾つかに目をやったが、どこにもリストさんは潜んでいない様だった。

「でね、私の方はこの身体に馴染んで、女の子に興味を持たなくなったの。というかさ!」

 そんな視線の隅で別のモノが動いた。今の台詞の主、モーネさんだ。

「自分よりも可愛くない女の子に興味持てないって感じ? ね、監督も他のエルフより、私の方が可愛いと思うでしょ?」

 姉エルフはそう言いながら、弟エルフが重ねたのと逆の手を取った。そして大きく身を乗り出し、目を合わせて首を傾げる。大きく開いたワンピースの胸の隙間から、大胆な谷間の光景と良い匂いが俺の目と鼻に飛び込んでくる。

「ナンバーワンかどうかは別に……もともとみんながオンリーワンですから……」

 俺はそんな事を呟きながら、何とか唯一の俺の身体を花して、いや離して貰おうかと悩んでいた。

 すると……

「ああー! ショーキチ先生、また新しい子だ! 手が早いとは聞いていたけど同時に男女なんて!」

 そんな声と共に、また別の騒動がロッカールームへ飛び込んできた!

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