第521話
その後の話し合いで死体解剖の手筈は、ほぼついた。まずアローズ側の参加者はこの4人で、それ以上は基本的に追加しない。人数が増えれば増えるほど場所もとるし変な情報が漏れてしまう可能性もあるからね。
次に執刀医、と言って良いのか分からないが、メスを握りご遺体を切り開いてくれる技術者が2名。この世界で技術者と言えばノームだがその法則に反して今回はどちらもドワーフらしい。まあノームさんはせっかちで早口が多いし、いそいそと刃を進めながら
「ここはあれでそれはどれで」
と説明されても困るもんな。
あとノートリアスからジェイという名の人間の将官が一人。彼女はご遺体が本来の目的――つまり死体を解剖し科学的な知見を得る――以外に使われないよう監視する。念の為に確認したが彼女らの知り合いではないようだ。良かった……。もし知人だとかなり複雑な気持ちになるだろう。
そうそう肝心な『彼女ら』。今回、提供されたご遺体は2体だ。既に言及した通りエルフの女性と人間の女性ということになる。
なぜ2体かと言うと、周知の通り俺の医学的生物的知識は乏しくエルフの身体だけを見ても違いが分からないかもしれない。それで対比させる為に人間のご遺体も同時に見る、という事になったのだ。実の所これは当初予定されていなかった差配なのだが、運良くと言うか運悪く人間女性のご遺体も手に入ってしまった、という背景もある。
タイミングについては試合の三日前。多くのチームが試合前日の午前か前々日の夜に乗り込んでくる中、ノートリアスは三日前の昼にはエルフの王国へやって来る。まあまあのお早い到着だが、それには訳が幾つかある。
一つには、ご遺体の搬送と受け取りの式典があるから。二つには砂の運搬という別の用事もあるから。そして三つには……彼女らにとってサッカードウの試合でアウェイへ行く事が、一つの『慰労』になっているからだ。
ノートリアスの本来の仕事はアンデッドとの戦闘だ。虚無の砂漠から生まれ生きとし生けるもの全てを憎み滅ぼしにくる不死者たちから、大陸を守っているのである。いくらサッカードウの試合が時に『死闘』だと評されても本当の生き死にとは比べるべくもない。
アウェイでの試合は普段、死地にいる彼女らが一息つける機会なのだ。少しでも長く、楽しい時間を過ごして欲しいものだな……。
「お、お前たくさん連れ込んでいたんだな! お楽しみか!?」
会議室を出てナリンさん達と別れた俺とバッタリ出会った、ティアさんの第一声がそれだった。
「お前じゃなくて監督、です。監督の仕事をしてたんですよ」
いつもと順番を変えて訂正から俺は言う。今日は試合翌日で選手は丸一日オフだが俺たちは働いているのだ、というやっかみが含まれているのは否定しない。
「そうかそうか! 国家の重責を双肩に担う前キャプテンとか複雑な戦術を実行しながら個々の状態も把握する現キャプテンを気持ちよくさせてスッキリさせるのも監督の仕事だよな!」
青い髪に寝癖が残ったままの右SBはウンウンと頷きながら言った。いやそんな仕事はねえよ!
「悩みを聞いたりはしますけどティアさんの想像とは違います! と言うか起きた所なんですか?」
寝癖だけでなく服装――今はよれよれのチームジャージ姿だ――もだらしないティアさんに俺は訊ねた。
「もうとっくに遊びに行ってると思っていました」
と言いながら自分は服の前をしっかりと止める。シャマーさんにつけられたキスマークを目撃でもされれば、それこそ彼女の邪推を促進させる事になるだろう。
いや、今だけではない。しばらくは服装を整えなければ……。
「おう、さっきまで寝てた。ナイトライフを楽しむのはこれからだからな!」
一方の不良エルフはジャージの下に手を突っ込んでボリボリと腹を掻きながら応える。服がめくれて臍から胸の下までが露出したので、俺は念のために少し顔を背けた。
「そっか、今からですか……」
なるほど、彼女レベルになると夜が本番なのでその前に昼まで寝ておくのか。意外と理知的だな。そう言えば難しい言葉も知ってるしダリオさんやシャマーさんの様子もよく見ているし、一筋縄ではいかないエルフだ。
「どうした? お前も来るか? 王都の夜遊びを教えてやるぞ?」
しかし考え込む俺の事を勘違いしたか、ティアさんが俺の顔をのぞき込んで問う。
「いやいやティアさんについて行けるのは遊びの神から目一杯の祝福を受けた者か勇者だけですよ! 俺からは明日の練習に差し障りのない程度に、とだけ」
ティアさんはアイドル、じゃなくてバンドマンだっけ? まあどちらにせよ芸能方面の方の夜遊びは激しいと聞く。たとえ俺が今日、仕事をしていなかったとしても身体が持たないだろう。
「かっかっか! あたしゃ特殊な訓練を受けているからよ! でもまあ明日の練習は優しい目で頼むぞ!」
そう言われてティアさんは上機嫌だが、俺は
「訓練?」
と首を傾げていた。やっぱ鬼軍曹に怒鳴られながら腹筋しつつ酒を飲むとか、特殊な重りのついたマイクを上げ下げしながらカラオケするとかなのかな?
「どうした? やっぱお前も酒飲みブートキャンプにくるか?」
そんな俺を見てロック魂溢れるエルフが改めて誘ってくる。しかし、俺は別の事を閃いていた。
「ティアさん、俺じゃなくて別の奴らに王都のナイトライフを教えてくれませんか?」
あとお前じゃなくて監督、な?
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