第522話

  翌朝はいつも通りコンディション調整の日だった。ハーピィ戦で大勝し次のノートリアス戦もホームで移動なし、とのことでオフの日は多くの選手が弾けたらしく、全体的に動きは緩いものの顔つきは明るい。

 特に若いグループは回復も早く体慣らしの運動の最中も笑いが耐えない。おそらく昨日の武勇伝でも語り合っているのだろう。

 例外はルーナさんだけで、彼女はまた人間の女性につきものの周期が来ておりノートリアス戦の出場が五割、フェリダエ戦はまず無理だろうとの事だった。

「ここまで揃うのはドワーフ戦以来かの?」

 今日はあまり戦術的な練習は無く、少し暇なジノリコーチが嬉しそうに訊ねる。ちなみに今の俺の位置は監督室の外のベランダ、ドワーフの戦術家はその隣だ。彼女の身長では手摺りより上に頭が来ないので、ここでもジノリ台――小柄なドワーフが戦況を見たり指示を飛ばしたりし易いように登るお立ち台だ。ホーム用アウェイ用の他に今回のベランダ用もある――を使用している。

「タッキさんの出場停止が空けているので、むしろドワーフ戦より多いくらいですね」

 落ちそうでちょっと見てて怖いな、と思いつつ俺は応える。彼女が言っているのは選手層の事だ。負傷者も出場停止もおらず、ここまで選手が練習に集まっているのも久しぶりなのだ。

「おう、そうじゃったな。しかし今更じゃがドワーフ戦はプレシーズンマッチじゃったし、別にタッキを出しても良かったのにのう?」

 ジノリコーチは自身の前所属チームとの試合を思い浮かべなから言う。

「規定としてはそうなんですけど……。しばらく出せない選手を使うのも勿体ないですし、何よりタッキさんのアレが出たら試合が滅茶苦茶になりますから」

 俺は苦笑しながら理由を説明した。タッキさんは昨シーズン末に喰らった退場で、なんとシーズンを跨いで出場停止の措置を受けていたのだ。

 実のところそんなに酷い反則を犯した訳ではない。いや、被害はデカいけど。本業がモンク――徒手空拳で戦う修行僧の事だ――の彼女は全身これ兵器であり、誤ってボールではなく相手の身体を蹴ったり肘が入ったりするだけで大ダメージを与えてしまうのだ。

「きゃー!」

「アー! ごめんなサイ、ヨンさん!」

 今も、眼下の練習で身体をぶつけ合ったパートナーを吹き飛ばし、悲鳴を上げさせていた。

「お、おう……。確かにアレをドワーフにかましたら暴動モノじゃな……」

 エルフとドワーフは基本的に仲が悪い。優雅でスマートさを重視し常にエレガントに振る舞う森の妖精と、頑固で堅実さを重視し質実剛健な土の妖精とだ。見た目も逆で性格も逆、その上サッカードウのスタイルも逆ときている。普通に試合をしているだけでもかなりバチバチの喧嘩みたいな展開になるのに、タッキさんの悪意ないけれども破壊力抜群のファウルが炸裂してしまったらどうなっていたことやら。

「とは言え、次のノートリアス戦では彼女を使おうと思っています」

「ふむ。やはり今回のノートリアス相手ならボールを握れると考えておるんじゃな。それとも相手が軍隊じゃからか?」

 ジノリコーチは前半まじめに、後半はからかうように言った。

「はい、そしていいえ、です」

 俺もそれに合わせた返答をし続ける。

「提出された表を見ましたが、今回は外れの方ですね」

 そう言いつつ、俺はノートリアスの遠征メンバーを思い出す。彼女らのチームは本業が軍人であり、大陸をアンデッドから守る代わりに幾つかの優待を受けている。その一つがメンバー入れ替えの自由だ。

 他のチームはシーズン前に登録選手の提出が義務づけられそれ以外の選手を出場させられないが、ノートリアスはかなり緩く試合数日前にでも届ければ誰でも出られる。軍事任務の都合で出れたり出られなかったりする兵士がいるからだ。

 その為チームの質というのはかなりバラつきが激しくコンビネーションも構築されていない。強い時は『大陸唯一の種族混成チーム』の利点を生かしとんでもない強さを発揮する――例えばミノタウロスのCBが守りドワーフのボランチが配球しエルフのWGがクロスを上げフェリダエのFWがシュートを決める――が、弱い時はただの寄せ集めと化す。

 今回、俺が『外れの方』と評したのは後者のメンバーが遠征してくるから、という理由だ。

「なんじゃ? 強い方に来て欲しかったのか?」

 ジノリコーチは再びからかう様に言ったが、これは形だけで実は彼女も同じ気持ちだろう。俺もこのドワーフも戦術マニアであり、強敵に策をぶつけて勝つのが好きなのだ。弱い相手に緩い勝負をして勝ってもあまり嬉しくない。

「まあ勝てる程度に強いメンバーで来て欲しかったですね」

 しかし俺は別の本音も吐く。緩い相手に勝つのはあまり嬉しくないが、もっと嬉しくないのは負ける事だ。しかもリーグ戦の勝敗には勝ち点が、そしてその先に繋がる一部残留がかかっている。なので勝てる程度の強敵が望ましい。

「はは! 正直じゃな」

「贅沢言ってられませんから」

 俺はため息をつきながら応えた。よく、特にW杯などでチームが腰の引けた戦いをすると

「負けても良いから堂々と戦え!」

と一般ファンが言ったりするが、チームを預かる身としてはそんな事は言ってられない。少しでも先に進んで結果を残してこそ、である。

「ではこちらもある程度、良い勝負になるようなメンバーで行くか?」

「ええ」

 最終決定は今日の練習でコンディションを見極めてからになるが、俺はボードを取り上げて脳内にあったフォーメーションを書き込み始めた。

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