第520話
「えっと、気分が悪くなった方は遠慮せずに退席して下さいね」
軽食後、全員が落ち着いたところで俺は口を開いた。
「自分は大丈夫です」
「お心遣い感謝です」
「なにそれー?」
ナリンさん、ダリオさん、シャマーさんがそれぞれの表情で反応を返す。俺はそれに軽く会釈を返し、予定表を見る。
「くれぐれも献体と間違えてはいけませんから、ご遺族の面会と移動が終わってから引き取って地下へ行きます」
「地下? 地下で何をするのー?」
あまりにも日常とかけ離れた単語を口にする予定なので、俺は一呼吸おいてから言った。
「ノートリアスの戦死者のご遺体を頂いて、死体解剖をします!」
解剖ーかいぼーしごーと……でもしたくない。この場合の解剖とはイヤラシイ意味ではなくリアルで真面目な意味での方だ。更に嫌な理由として、相手がエルフの女性というのも追加される。
「解剖ー。死体を切り刻んで詳しく調べるって意味だよね? 何の為に?」
シャマーさんが当然の疑問を口にした。
「エルフの身体の仕組みについて、俺が学ぶ為です」
一方、俺は幾分かの後ろめたさを抱えつつ説明を続ける。
「ゴルルグ族戦での集団食中毒の際に、俺は地球なりの医学的処置をできる範囲で行いました。ですがアレは本当に限られた知識を、『エルフも人間と同じ様な生物である』という前提で考えての行動です」
後ろめたさの一つはシャマーさんだ。彼女はあの件の原因が自分だと思っている。そんな彼女にこう話すのは非常に気不味い。
「ですがもし前提が違っていたらどうでしょう? エルフの皆さんの身体の組成や生物的反応が人間と違っていたら、俺の処置も間違いだったかもしれない」
とは言え気不味いままでも話を続けるしかない。何せ懸念事項はそれだけではないからだ。
「もっと言えばここまで進めてきたフィジカルやコンディションの理論も怪しくなってきますし」
これに関しては実はそこまで心配していない――大まかな方向性は俺が支持しているものの詳細を決めるのはフィジカルコーチのザックコーチで、ここまでそれなりに成果が上がっているし――が、一応付け足した。
「そうなんだー。ショーちゃん的にはそんなに違う感じ?」
シャマーさんが真面目モードで問う。この真面目モードはイジっても切れない方だろう。いやイジらないけど!
「実はそんなに違うとは思っていません」
俺は率直に答えた。ちなみに彼女の言う『そんなに』とは『死体解剖をして調べる必要を感じるほど?』という意味で、俺の方は『さほど』と程度を説明している。
つまり予想としては人間とエルフでそれほど大きな差はないと踏んでいる。俺のラノベ知識だと死んだら身体が消失して魔石だけが残る異世界だってある。死後、物理的にボディが残るだけでもかなり俺たち寄りだ。
「でも近いからこそ、見落としがあったり思いこみがあったりすると怖いんです」
俺は自分自身と、頭が良い割に直感的で暴走気味なシャマーさんへ釘を刺すように言った。
「そっかー。でもショーちゃん、なんか嫌々そうだね?」
普段は性的接触を嫌がっている俺を無視して迫ってくるシャマーさんが敏感に気配を察して言う。
「ええ。既に命を失っているとは言え、お体を切ってジロジロ調べるのは生命への冒涜みたいですし……」
あとグロいし、という言葉を俺は飲み込んだ。
「それにですね。もともと俺の医学的知識はぜんぜん高くないんですよ。ド素人です。解剖された身体や内臓を見ても、よく分からないかもしれないです」
飲み込んだ代わりに、後ろめたさの理由その2を正直に話す。例えば腹部を割って肝臓を取り出して、その肝臓が人間の二倍の大きさがあり奇抜な形をしていたとしても……俺はそのおかしさに気づかないだろう。
そうなると変な話だが遺体視点から言えば、自分を滅茶苦茶にした挙げ句に成果が無い、全くの切られ損という事になる。
「いいえ、きっとショーキチ殿なら何か得るモノを見つけられますよ! それにもし何も無かったとしても、ショーキチ殿がそこまでしようとしたご意志に、自分は既に感動しております!」
ここまで俺とシャマーさんのやりとりを見守ってきたナリンさんがぐっと割り込んできた。いつも暖かく俺をサポートしてくれるコーチだが、今回ばかりはそう言われても少し複雑な気分だ。
「そうですよ! それに私も、もし自分が遺体なら、ショウキチさんに全てを見られても恥ずかしくありません」
そう言って顔を赤らめるのはダリオさんだ。この2名が今回の死体解剖について手筈を整えてくれたエルフという事になる。
しかしゴルルグ戦のあの騒動の最中に相談してすぐ
「ノトジアの軍から身寄りのない遺体を確保すればよい」
と思いつき、縁者のいるご遺体と共に受け入れ、城の地下で行う……というところまで計画してしまうとは本当に頭が下がる。
頭が下がるのだが……姫様の言い方はちょっと変だぞ!?
「え、じゃあさ! 死体の前に生きている身体で練習しておかないー? 私もショーちゃんになら、恥ずかしいところ見られても良いよ?」
シャマーさんは嬉しそうにそう言って立ち上がり、スカートをたくし上げ始めた。ほら、やっぱり変な流れに!
「こら! はしたないわよシャマー!」
「いや、確かに良い練習が良い本番を……」
それを聞いてダリオさんがシャマーさんを窘め手を止めさせ、ナリンさんが形の良い顎に手を当てて考え始めた。
「ないない! そもそもメインで見たいのは消化器関係ですから!」
俺は大きな声を出して全員を止める。死体解剖、もともと乗り気じゃないのに更にやりたくなくなってきたな……。
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