第472話

 太陽が空の真上に上がった。俺たちの残りの練習は問題なく終わり、代わってハーピィ代表チームがスタジアムに……現れなかった。そちら担当のコーディネーターさん――当たり前だが、アローズが他種族の国においてガイドさんにお世話になっているのと同様に、他のチームも俺たちが用意したガイドさんに様々な手配や案内を受けている――によると、鳥乙女たちの寝起きはすこぶる悪く、起きてからのお手入れも非常に時間がかかるので到着するのはもっと後になるという。

 まあハーピィの面々は女の子でアイドルだしね。朝が弱くて起きてからの洗顔や化粧や衣服の選択に時間がかかるもの可愛いもんじゃないか!

 と、いう戯れ言はさておき。彼女たちが来ないからと言って俺たちがそれまで延長してスタジアムを使い続けられる訳でもない。いや、可能不可能であればやって良いのだが。

 ただ俺たちは練習量もスケジュールもきちんと決めてやっているし、試合前日のスタジアムは関係者や有象無象の出入りが激しい。特に今回はオーディション番組もあるしアイドルも来るしでいつもより騒がしく、集中できない。

 だからカラオケボックスで

「フリータイムは17時終了ですけど、次のお客様がキャンセルされたので1時間延長できますよ?」

と言われるみたいにはいかないのだ。


「まあ明日はすげえ音痴がカラオケボックスの隣の部屋に入ったみたいな気分になるんだけどなー」

 俺はスタンドの座席に座りながら自分の妄想に訂正を入れた。今は例によって相手チームの練習を盗み見る為、スタジアム関係者に変装してハーピィたちを待っているのである。

 因みに今日の変装はセキュリティ、警備の人だ。俺は簡単な鎧を纏い腰に棍棒をぶら下げていた。これが地球の欧州だとやたらガタイの良いスーツ姿のオッサンがマニアックな部分の肉離れでも起こしたのか、脇の下をやたらと膨らませながら睨みつけてたり、まんま暴動鎮圧装備のお巡りさんが銃を構えてたりするのだが。

「『ハンマーを持つと全てが釘に見える』って言うけど、警備員の格好をするとみんなが不審者に見えてきたぞ……」

 俺はまあまあ不穏な事を呟きながら周囲を見渡す。ちょうどその視線の先に、怪しい人影が飛び込んできた。金髪で赤い服を着た見慣れないエルフの女性だ。

 その不審エルフ物は何枚もの紙の束を抱え、周囲をキョロキョロと見渡していた。

「要注意対象を発見。エルフ、成年、女性。眉目秀麗、中肉中背。赤色のゆるい上衣に短いスカート。手に紙の束らしきものを手にしている」

 俺はそれっぽい口調で襟口のインカム……はもちろん無いので腰から引き抜いた棍棒をマイクに見立てて話しかけながら立ち上がった。ちょっと声をかけてみよう。

 いや普通は絶対にしないけど。たぶん普段ならステフかスワッグを探して彼女らに相談している所だ。だが今の俺は鎧を着て、まあまあ気持ちが高揚していた。

「あー、きみきみ!」

 俺は歩いている最中に棍棒は腰に下げ、革の――着ているのはレザーアーマ、いわゆる革鎧だ。防御力は低いが軽い、というのはゲームの話で実際は意外と重い。下に着ている厚手の布も含めるとかなりの重量感がある。それが安心感にも繋がっているが――上部を掴んで位置を直しながらその女性へ話しかけた。

「ほえ? なに?」

 俺に気づいた金髪のエルフは気の抜けた声で返事をする。その声は想像より軽く、顔も幼い。パーツの一つ一つは整っていてナリンさんクラスの美人だが、全体的に丸く柔らかい印象を与える。

 そして何より重要な事に紙を抱えた両腕によって、その豊かな胸はぎゅっと寄せ上げられていた。


 いわゆる童顔巨乳である。やった、エルフにもいたんだ! じゃなくて!


「ここは関係者以外立ち入り禁止なんですけど、どちらさま?」

 俺は顔と気を引き締めて問う。見た目に騙されてはいけない。もしかしたら彼女はテロリストか、そこまで悪くなくてもハーピィのスパイかもしれないのだ。いやまあ練習は終わっているけど。

「あー、身分証だね!? どこだっけ……あ、ここだ! とってくれる?」

 彼女は腕と胸を更に持ち上げて、胸の谷間に鎮座する小さな板切れを差し出してきた。は? 胸の谷間に挟んだ身分証を警備員に取らせる!? それって絶対に映画とかで悪役のお色気担当がする行動やんけ!

「いや、と、取れないですよ! 荷物を椅子に置いて自分で見せてくれませんか?」

 俺は少しバックステップして彼女と距離を取り、側の座席を指さした。

「ええ!? ぶーぶー! 不親切だなあ。ちょっと待ってね」

 そのエルフ女性は不満を口にしながらも後ろを向き、俺の指示した通りに紙の束を置こうとする。

「ああっ!」

「はい!?」

 が、さっと片手でスカートを押さえ、振り向き俺を睨む。

「スカート、覗かないで下さいよー?」

「しません! じゃあ位置を変えて、こう」

 俺は顔を赤くして否定しながら少し横へ移動する。こんな事を言われても目を離す訳にはいかない。それこそ、警備員に隙を作らせる為の動きかもしれないからだ。

「あーった、あった。控えおろう、この紋所が目に入らぬかーっ!」

 そしてそのエルフの女性は、意外な言葉で予想外のモノを俺に突きつけてきた!

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