第471話

 翌朝。俺たちコーチ陣選手たちを率いてリーブススタジアムへ来ていた。試合前日の公開練習の為だ。

「しっかり身体と頭を目覚めさせろー!」

 軽くアップを始めた選手たちへザックコーチの号令が飛ぶ。彼だけではない。ジノリコーチもニャイアーコーチもアカサオも、早朝にはエルヴィレッジへ帰ってきてこのトレーニングに同行してくれた。

 前日の昼頃帰着で良いですよ、と言ってたのになあ。みんな仕事の虫だ。

「午後をハーピィに譲ったんっすね?」

 感心する俺へアカリさんがベンチ脇のボードに書かれた予定表を見ながら問う。このお人好しめ! という目でサオリさんも俺の方を見る。

「まあ俺たちは地元ですしそれに……」

 俺は言い訳するように続けた。

「ハーピィって音楽の仕事してるじゃないですか? 芸能関係のひと達って夜遅くて朝弱いって」

 余談だけど業界じゃいつ会っても『おはようございます』って挨拶するんだよ? とも付け足す。

「はあ」

 だったらそこへつけ込むのが自分たちのやり方じゃないか? という空気をぷんぷん匂わせながらアカリさんが頷いた。確かに彼女らの見解は正しい。だが今回は別の分野であくどい事をしかけているので、これ以上はやりたくないのだ。

「ワシからも良いかのう?」

 そこへジノリコーチもやってきて加わる。

「はい?」

「あの4枚FWなんじゃが……」

 ジノリコーチはその太く短い指を複雑に絡めながら少し言い難そうにしている。因みに彼女は休みの間中ずっと実家に戻り喰っちゃ寝してたらしいが、体型は全く変わったように見えない。ドワーフ故もともとぽっちゃり気味とは羨ましい限りだ。

「ああ、練習では合わない時もありますけど……」

 ジノリコーチはダリオ、リーシャ、レイ、ポリンの4名が2つのFWと2つのMFのポジションを入れ替えながら戦うシステムについて不安を覚えているようだった。

「本番ではやってくれると思います。むしろ本番の方が上手く行く連中かと」

「いや、ワシが気になるのは守備の方じゃ。この、レイとポリンが中盤のセットが」

 ジノリコーチは持ってきたボードに背番号を並べて言う。

「特に、ポリンが左でレイが右の時の組み合わせ。このパターンが一番、守備の強度が落ちる。そこを狙われたら万が一がある」

 そして幾つかのボールの軌道を書き加え、俺たちに見せた。

「なるほど……」

「確かに、ポリンが左サイドの場合は彼女に縦の突破はないっすし、身体もできてないので相手は躊躇なく行けるっすね」

 アカリさんはジノリコーチが書いた線を鱗に包まれた指でなぞりながら言った。

 彼女らの言う通り、ポリンさんは最年少でフィジカル的にも強くなく、ドリブルもそこまで驚異ではない。変幻自在のパスと残忍なシュートを放つ右足はあるが左足の精度もそこそこだ。もし左サイドで縦に突破しても左足でクロスを放つ事は少なく、右足で蹴る為に切り返してよけいな時間がかかる可能性が高い。

 相手がそれを見抜いていれば逆襲を恐れずに彼女の所から攻められるし、守りの局面になっても慌てず戻って切り返しを狙えば良いのだ。

「そうですね。ではこのセットについてはあまり使わないように言っておくとか……」

「そこでじゃ!」

 俺は言い掛けた所でジノリコーチが勢い良く別の番号を書いた。

「このセットの時は、最初からこう!」

 そこにあったのは背番号6。左SBのルーナさんだった。

「こう、最初からルーナが高い位置をとって守備をサポート。奪っては右足のプレイの為にポリンが中央へ移動し空いた左サイドをスピードで襲うぞ! と警戒させてな!」

 ドワーフの天才コーチは鼻息荒く、更に様々な線を書き加える。なんかクレヨンで画用紙にめちゃくちゃ描いている子供に見える。いや実際、見た目は幼女だし。

「そ、そこからくるパスを、レイちゃんがずどん、だね!」

 その線の一つを目に止めたサオリさんが嬉しそうに頷く。うん、まあ確かにそんな線もあるね。相変わらずナイトエルフのライバルなのにレイさん推しのゴルルグ族、目敏い。

「そうなると守備に攻撃にとルーナさんの負担が大きいですが」

 俺は一つ指摘する。そうでなくても今回はDFラインに頭脳担当のシャマーさんがいない。あのハーフエルフはいつも以上にDFに気を使う上に、攻撃も見なければならないのだ。

「まあな。じゃがあれは聡い娘じゃ。やれるだろう」

 しかし、ジノリコーチはきっぱりとできる! と言い切った。実際、ルーナさんは意外な程サッカーに詳しい。きっと俺の知る以上にサッカーについて、クラマさんから教わっているのだろう。

 ここは彼女とジノリコーチの見立てを信用するとするか。

「そうですね。俺もそう思います」

「それはティアも同じじゃ。同じく右サイドの守備が薄いセットの時は、アイツのサポートが重要になる。が、できる筈じゃ」

 悔しいがそれも同意だ。アローズの両SBは最初の印象と裏腹に、意外と頭が良いのだ。だからラインDFやオフサイドトラップをやれているんだけど。

「分かりました。それで行きましょう! 今日の練習の公開部分が終わったら、そこを詰めて貰えますか?」

「もちろんじゃ!」

 俺がそうお願いするとジノリコーチはボードを脇に抱え、自分の胸をドン! と叩いた。

「しかしチラッと見ただけでよくここまで考えましたね」

「うむ! ワシは天才コーチじゃからな!」

 ジノリコーチは更に鼻を高くし、撫でろとばかりに俺の手を自分の頭に載せる。

「はは……。偉い偉い」

「まあ休み中もナリンさんと連絡とって聞いてたらしいっすけどね」

「なっ!?」

 俺が仕方なくジノリコーチをヨシヨシしていると、呆れた顔でアカリさんが呟いた。

「それは本当ですか?」

「さぁ~」

「こりゃ! それは黙ってろと言ったじゃろ!」

 俺の問いにアカリさんはとぼけたが、ジノリコーチがすぐに馬脚を現す。いやほんまやんけ! 短足なドワーフだけに馬脚も短いんだな!

「わー、ごめん、なさい!」

「まてー!」

 もはや隠す気すらなくアカサオが逃げだし、それを追ってジノリコーチも走り出した。

「やれやれ……」

 俺は一人ため息をつく。結局、ノトジアへ行っていたアカサオだけじゃなくて、ジノリコーチも休み中に働いていたんだな。休暇を全うしてくれなかった事は困るが、仕事熱心なのはありがたいことだ。後はそれを結果に繋げるのみ!

「ますます勝たないといけないことになったな」

 俺はグランドで練習する選手たちと、明日のバード天国の為のセットを見ながら決意を新たにするのであった。

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