第462話

 もともと時間が無くやる事も多いので、その日の練習は二部練だった。午前のトレーニングが終わったら昼食をとり少し長い目の昼休み――余裕で昼寝ができるくらいはあり、実際に寮の自室やメディカルルームのベッドで寝る選手もいる――を過ごす。それからしばらくして第二部が開始するのは夕方前くらいだ。

 とは言え俺は選手の様に休む訳にはいかず、午後練の準備や雑務や、諦めきれず休み時間に褒め言葉を聞きに来たティアさんの相手などに忙殺された。

「うう、忙しい……。まあ攻撃陣にまで請求されなかったのはラッキーだと思おう……」

 様々なモノを振り切って監督室へ逃げた俺はそこで安堵のため息を漏らす。あの時、位置的に言えば彼女らにも聞こえてた可能性がある。しかし攻撃の選手の大半は皆の前で語るナリンさんの方を向いており俺の言葉は届いてなかった。ただこちらを向いていたナリンさんにだけは聞こえていて、それで助け船を出してくれた、らしい。

「あ、攻撃陣と言えば」

 俺は昼食のデザートとしてリンゴっぽい果物をかじりながら窓辺へ近づく。午後練には前の選手であるとともに、有形無形問わず俺への要求を欠かさない問題児が合流するんだよな。もう来てるかな? とベランダから表の方を見下ろした。

「……とみせかけて!」

 また背後に忍び寄り抱きつくパターンだろ!? と咄嗟に振り向く。

「きゃっ!」

「あれっ!?」

「ショーキチお兄ちゃん、じゃなかった監督! しっ失礼します……」

 そこにいたのは礼儀正しくドアをノックし許可を得てから入室しようとしていたポリンさんだった。

「ごめん! 驚かせて……大丈夫?」

「うん、ポリンは何ともないけど……監督こそ大丈夫ですか?」

 俺は驚き固まっていた学生服の少女に謝罪し、逆に心配される。こんな時も多忙な俺を気遣ってくれるなんてポリンさんは本当に優等生だ。

「うん、俺も問題ないよ! 勤労学生の為なら、いくらでも体は開けるから!」

 ポリンさんとレイさんはサッカードウ選手と学生の二足の草鞋を穿いている状態だ。今日も学院の授業を午前で切り上げて、こうやってエルヴィレッジまで来て午後練に参加してくれるんだもんな。俺も忙しいなんて言ってられない。彼女たちの相談ならいつでも受けなければ。

「良かった。でも墜落しないでね?」

 俺の返事にポリンさんは安堵の表情を浮かべ、また少し心配そうに付け足した。

「墜落? つい、楽にしてしまうってこと? いや努力との間に交渉の余地は無いんだよ」

 俺は王城での就任会見を思い出して言いつつベランダの手摺りに背をもたせかける。そういえばあの時はまだポリンさんがいなかったな。いっちょこの言葉――実はシメオネ監督の言葉のパクリなんだけど――の意味を一席ぶちますか。

「それはどういう意味かというと、強いチームを作る為に……」

「ショーキチにいさん! ありがとう!」

 と、ポーズを決めて監督らしい台詞を吐こうとしていた俺は、背中側から強烈な勢いで抱きしめられ言葉を続けられなくなった!


「なっ!? レイさん!? 危なっ!」

 俺を背後から抱きしめていたのはレイさんだった。彼女諸共ベランダから落ちそうになり――ちなみに手摺りは俺の胸の下の高さでそうそう乗り越えてしまうものではないが、勢いをつければ分からないくらいだ――とっさに柵を掴む。いわゆる縦の格子になっている部分だ。

「ウチとポリンのツレも試合に呼んでくれたんやろ! みんなめっちゃ喜んでたわ!」

 そう言いながらレイさんは頬を俺の耳の後ろ辺りに擦り付けてくる。彼女の耳に揺れるイヤリングがガシガシと当たって痛い。

「もう、レイちゃん!」

 俺の苦境と痛みを知ってか、ポリンさんが監督室を横切りクラスメイトを注意しに来た。

「クラスを代表してのお礼は一緒に言おう、って約束したでしょ! 先に言っちゃうんだから……。ショーキチお兄ちゃん、友達をお招き頂きありがとうございます!」

 ポリンさんはそう言って頭を勢いよく下げ、お下げ髪が大きく揺れた。いや、いま言うべき台詞はそれじゃなくない!?

「それはぜんぜん問題ない、気にしないで! でもレイさんがどうやってそんな所から俺の背後を取ったのかは気になります!」

「いまポリンが言うたやん? 練習前に招待のお礼を言おうとおもて来てん。ウチはツンカさんにおうてちょっと話して遅れたから、そこの樽を使ってショートカット」

 ナイトエルフの娘が指さす先にはアイスバス用に水が張られた樽が雑に並んでいた。もしかしてあんな不安定な足場を登って2Fのベランダへ来た? って言うかいけね!

「わっと!」

「どうしたん、ショーキチにいさん?」

「(いや、その、アイスバスの水面にレイさんのスカートの中が映って見えそうだったから。早く安全な位置へ移動して!)」

 実はレイさんもまだ学生服のままで、ポリンさんよりかなり短いスカートが風に揺れていた。俺以外でも、普通に下を歩いている誰かが見上げたら見えてしまいそうだ。

「え? 招待のお礼にスカートの中が見たい?」

「そんなこと言ってません!」

 せっかく俺が小声で注意したのにレイさんはそれを台無しにするような間違いを、しかも大声で言う。

「えっ……ショーキチお兄ちゃん……」

 見ろよポリンさんもドン引きではないか。

「それは私も?」

「はっ?」

「ええっ!?」

 顔を赤らめながら問うデイエルフの優等生に、俺もレイさんですらも意表を突かれた。

「そう……だよね。レイちゃんと一緒に、って約束したもんね」

「いやいやそんな必要ありません!」

「ごめんポリン、ちょっとショーキチ兄さんをからかっただけやねん!」 

 俺とレイさんの一瞬の戸惑いを勘違いしたのか、ポリンさんが覚悟したかのように目を瞑り俺たちは慌てて制止に走る。

「だめだめポリンちゃん!」

「ショーキチにいさんのいて! とう!」

 結果、手摺りを踏み台にし俺を飛び越えたレイさんがギリギリで間に合い、ポリンさんのスカートの中を見てしまうの「は」阻止できた。

 レイさんのは不可抗力だった。意外と清純派な白でした。だって俺の頭上から舞い降りたんだもん……。

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