第461話

「……という訳で俺が投げて貰ったパスを頭上で手で受け取っているのはそれの再現。んで君たちはそれに負けないスピードでポジションを修正してプレスをかけれるように練習しているわけ」

 俺はそこまで語ってエルエルの表情を見る。どうやら理解はしているがまだ納得できない部分があるようだ。

「実は違う選択肢もある。今までのアローズがハーピィチーム相手にやって勝ってきた様に、引いて固く守ってカウンターとか。でも今のチームには君がいる」

 俺はヒエピタモドキをエルエルの額にぴしり! と貼り付け言った。

「えっ!? 私ですか?」

「そう。驚異の運動量とスピードでボールを追い回すリトル・リーシャ。君がいるからこそ、古いやり方じゃなくて新しい手段でハーピィチームをぶちのめそうと思ったんだ。リーシャさんと君は新生アローズの象徴だからね!」

 依怙贔屓は厳禁、と決めてはいるが俺は全員の前ではっきりとそう言った。まあ聞かれてもベテランの多い守備陣だけだし、エルエルは乗せた方が活躍してくれそうだし。

「そうか! よーっし!」

 どうやら効き目はあったようだ。エルエルは両手で自分の顔を軽くはたくと、まだ休憩中の攻撃陣の方まで走って行った。

「わっ! どうしたのエルエル?」

「リーシャねえさま、一対一付き合って下さい!」

 そしてリーシャさんを引きずり出しドリブル勝負を始める。

「ははは……。まあ実際はムルトさんがラインコントロールできて、クエンさんがDF前で門番してくれているから出来る事なんだけどね」

 俺は呆れた顔でエルエル達の様子を見ながら言う。DFの統率についてはムルトさんプラス、シャマーさん――俺がミノタウロス戦でやったように、今回はキャプテンがピッチ際でコントロールする。まああそこまで極端ではないが――で問題ない。

 クエンさんは色々と動いた前回と違い、次はDFの前に鎮座してエルエルを上手く操る側だ。ここまでクエンさん1名だけ、マイラさんと組んで自分が働き蜂になる形、リベロと中盤でマイラさんと入れ替わる形……とやってきてまた新しい役割だ。だが彼女なら上手くやってくれるだろう。

「まあ……声を出すのは慣れませんが、努力はしますわ」

「エルエルちゃんとのコンビ、頑張るっす!」

 ムルトさんとクエンさんは俺の言葉にそれぞれの反応を返す。

「はい、宜しくお願いします」

「んで、私らはどうなんだ?」

 と、頭を下げる俺に横から声がかかった。

「はい?」

「おいおい、このティアさんほか数名に何か言うことは無いのか?」

 発言者はティアさんだった。やや焦れた様な顔で右SBが付け足し、来い来い、とばかりに両手を手前に引く。

「何か?」

「(ショーキチ殿! これであります!)」

 まだ首を傾げる俺に、少し離れた場所からナリンさんが左手のひらを上にしその上で右手を回しながら何か囁いている。

「ん? ニャブリ選手のゴールセレブレーション?」

 その動きはドイツ代表のFWがゴールを決めた時にやるパフォーマンスに非常に似ていた。確か料理の仕草を真似たモノであり

「敵を料理してやったぜ!」

という意味を込めているんだっけ? 元はNBAのハーデン選手のヤツだったよな?

「(あれ? こうでありますか?)」

 次にナリンさんは左手をそのまま、右手で何かをぱらぱらと撒いた。もしかしてセクシーに塩をかけるシェフ!? 懐かしい! てかクラマさんそんな事まで教えていたの!?

「仕方ないな……。ショーキチ、これ」

 驚く俺に淡々と声をかけ、今度はルーナさんが似たような仕草をする。但しクラマさんの娘の左手は受け皿を担当せず、両手で何かを掴んで回していた。

 大鍋で料理? 学校給食的な? そう言えば給食の業者さんって大変なんだよな……いや、もっと小さい動きだ。

「ごりごり」

 遂に擬音がついた。何かを擦り潰しているような感じか。

「あ! ごますりか!」

「え? いや、別にゴマをすれって訳じゃねえんだけどよ! ただ、なんだ。エルエルとムルトとクエンだけ褒めて他はしない、となりゃ不公平だし可哀想じゃないかな? 主に他数名がよ!」

 ようやく合点いって大声で叫んだ俺に、ティアさんはやや照れたような口調で告げる。さっきは『ティアさんほか数名』って言ってなかったか? 実際に責任を負う段階になると他者を盾にとるのか。狡いが、そ,の心意気やよし。

「なるほど。そりゃそうですよね」

 さっきは

「ベテランの多い守備陣だし大丈夫だ」

と、別に嫉妬しないだろうと思ったが、やはりこういう集団で依怙贔屓は厳禁だ。公平に言及しなければ。

「だろ?」

「じゃあほか数名の筆頭ことルーナさんから」

「えっ!?」

 そう言った時のティアさんの顔はなかなかに見物だった。

「私からか」

「ええ。左サイドから順番にいって、最後に右SBで締める形で良いですよね。まあ時間足らないかもだけど」

 俺はルーナさん、ティアさんと順に顔を眺めて言った。

「あー」

「ですよね?」

「お、おう……」

 ティアさんは悔しそうに地面を蹴る。そこへニヤニヤと笑いながらシャマーさんが寄ってきて肩を叩いた。

「残念だったねー、ティア。でもそういう周囲を都合良く使おうとする所、リベロ向きかもー」

「おめーに褒められても嬉しくないわっ! 待っておいてやるから早くしろ!」

「へいへい。じゃあルーナさん、君は昭和のジェスチャーも知ってて偉いよね……」

 怒鳴るティアさんを笑いつつ、俺はルーナさんの、ほんの些細な所から初めて行った。


 当然、この休憩時間にティアさんまで回る筈も無かった。

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