第460話

 翌朝。俺は練習開始時間を少し早めに設定し、選手がアップを終えた直後からかなり密度の濃い戦術練習を課した。

「いつもの感覚で行くとやられますから! 後ろの声が大事! ほい!」 

 俺はそう叫びながらエオンさんが出したパスを『手』でキャッチし、素早くスペースへ転がす。明日はもう試合前日でスタジアムでの公開練習とセットプレーの確認くらいしかできない。そしてコーチ陣の数も少ないままだ。不肖ながらこの俺自身がゲーム形式の練習にプレーヤーとして参加し、守備陣を翻弄していた。

「くそ、ドSっぷりに拍車がかかってるんじゃねえか!」

 ティアさんが俺に向かってそう怒鳴りながら、自分の裏を取ったリーシャさんを追いかける。だがそんな余計な事をしながら、いや例えしなかったとしても、スピードに乗った11番に追いつけるDFなど殆どいない。

「ふん!」

 慌ててカバーに入ったムルトさんをフェイントをかけて一瞬だけ足止めし、リーシャさんは右足を振り抜いた。

「また……!」

 ムルトさんが悔しそうに呟く間に会計士の間を抜けたシュートはボナザさんの逆をつき、GKが必死に残した右足の少し横を通り抜けてゴールへ転がり込む。

「「おおーっ!」」

「ナイッシュ! はい、じゃあちょっと休憩!」

 練習を目にしていたスタッフ等ギャラリーが歓声を上げ、リーシャさんとグータッチした俺はインターバルを宣言する。

「オフェンスチームはナリンさん、ディフェンスチームはシャマーさんお願いしまーす!」

 今回は攻守を完全に分けてトレーニングしている。俺の声を受けてデイエルフのコーチとドーンエルフのキャプテンが動き、ピッチに大きな輪が二つできた。

「話を聞きながらちゃんと水分補給して冷やすところは冷やしてー!」

 俺はそれを目にして、ピッチ脇のワゴンへ向かった。今日はザックコーチもおらず、俺がコンディションを管理しないといけない。しかも例の集団感染は収まったとは言え何名かは病み上がりだ。

「ぐいっ、といっちゃってー」

 そして食堂で作って貰ったドリンクと、懐かしのヒエピタもどきを配りながらまず守備陣の円の方へ向かった。


「ボナザさん、ムルトとティアは被っても良いから互いへ声を出していこー。出さないで不安になるくらいなら出して混乱した方がまだ良いからー」

 守備陣の輪の中心には、今回ほぼコーチの様な立場のシャマーさんが立ち助言をしていた。今回のシステムは基本に戻って1442。GKはボナザさんでDFラインは左からルーナ、ガニア、ムルト、ティア。それにドイスボランチ――ドイス(2)ボランチ(舵取り)、ポルトガル語で守備的MF2人という意味だ。たまにダブルボランチと言ったりするがそれだと英語+ポルトガル語でやや収まりが悪い。それに通っぽくも聞こえるのでドイスボランチの方が好きだな!――のクエンさんとエルエル。この7名が今回の守備ユニットである。

「逆にエルエルには言い過ぎちゃダメだよー」

「うっ……。助かります!」

 シャマーさんがそう付け足すと、エルエルは真正直に感謝の言葉を漏らした。

 そう、今回はエルエルとクエンさんと言う後輩キャラ同士、しかもボランチと言うよりかなり汗かき役な守備的な2名がコンビなのである。

「そうは言ってもこいつ猪突猛進過ぎんじゃんよ」

「違います、エルエルはイノシシじゃありません! 監督の動きが狡いんです……って監督!」

 ティアさんの反論に目くじらを立てていた小柄なMFは、しかし近付く俺に気づいて矛先を変えた。

「ですよね監督! 監督だけ手でキャッチして投げて良いなんでズルです!」

「いや、それはハーピィのパス回しの再現だからね……」

 練習前のミーティングで言った筈なんだけどなあ。俺は苦笑しながらも再度、このトレーニングの意図を説明し出した。


 サッカーは2Dのボードゲームではない。選手もボールも立体だし、2次元ではなく3次元で挙動する。

 しかし戦術的には極めて平面的に思考する。具体的に言えばポジショニング、位置取りだ。例えば攻撃側Aの選手とBの選手の間に守備側Cの選手が立てば、

「パスのコース、ルートを遮断している」

と考える事になっている。ここで素人でも

「いや、Cの選手の頭上をふわっと越える様なボールを蹴れば通るんじゃね? 遮断できてなくね?」

と思ったりするのだが、そういうパスを出させたら守備的には『勝ち』に近いのだ。

 なぜなら間に立ちはだかった選手の上を通るようなパスは、一つにはスピードが遅い。二つには正確に蹴るのが難しい。三つには受け手もコントロールが難しい。

 故にプレッシングが素早くスペースの少ない現代サッカーにおいては、

「出されても怖くない。素早く詰め寄って奪い易い」

パスなので『守備側の勝ち』だし、前述の通り『間の選手はパスコースを遮断できている』と考えて良いのだ。まあ、ここ異世界サッカードウは地球の現代サッカーと違ってプレッシングも早くないしスペースも広いのだが。

 ……とわざとらしい前振りをしたところで。唯一の例外がいますね? そう、我らがアローズである。俺が導入を決めジノリコーチが鍛えてくれているこのエルフチームは、ゾーンプレスができる。異世界サッカードウにおいて相手にスペースを与えず、複数名で囲い込んでボールを奪いに行けるオンリーワンでチートなチームなのである。

 が、ここでまた例外が。先ほど守備の選手の頭上を越える様なパスの悪い所を三つ上げた。しかし、そのデメリットをものともしない種族がいるのである。

 ハーピィだ。半鳥半人の彼女たちはサッカードウのプレイ中は飛翔まではできないが、その軽い身体と強烈な脚力で高く飛び舞う事ができる。しかも大半が親戚縁者でアイドルグループとしても活動しており、コンビネーションも抜群。

 相手守備側の頭上で華麗なパス回しができてしまうのだ。ぐぬぬなんて狡いんだ……。

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