第385話

 デニス老公会はアローズの大手後援会の一つとなり、ファンとチーム、レジェンド選手たちと現役選手達を繋ぐ架け橋となる。代償としてア・クリスタルスタンドの贈与や後援会会員対象の交流会開催権利を持つが、アローズの運営には口出ししない。

 以上で交渉がまとまり、その場の机でサインが行われた。同時に俺及び俺の救出チームも正式な客として扱われる事となり、それぞれ部屋があてがわれる事となった。

 かなりのスピード決着だが、大局が決まれば物事とは一気に進んでしまうものである。

 一方で、語られなかった……と言うか聞かれなかったので言わなかったディティールもたくさんある。

 例えば救出隊の経緯。俺がデニス老公会に語ったのは要するに『手紙が偽物だと簡単にバレた』背景だけであって、俺の拉致および監禁場所の発覚、実働メンバーの選出、残ってトロール戦へ挑む際の体制や準備などは話していない。

 事前の抗議文、パリスさんの動き、手紙の内容だけでもデニス老公会の関与までは推測がついたかもしれない。しかし俺がルーク聖林まで連れて行かれていると予想するのは難しい。決め手となったのは内通者だ。

 その内通者とは……家族だ。選手達の父や母や兄弟姉妹。彼ら彼女らも何名かここに住んでおり、俺の姿を見かけ王都の身内に問いかけたのだ。

「ここに監督が来ているけど、どうしたの?」

と。

 俺が選手の家族達と懇親会を開きネットワークを築いていたのは、あくまでも選手の私生活での悩みを取り除き、サッカードウで良いパフォーマンスを見せて貰う為だ。だがそれが思ってもみないルートで俺の苦境を救う事となった。

 しかも一本や二本ではない。複数のルートから手紙の内容――監督はvsゴルルグ族秘密作戦に従事している――とは矛盾する情報が提供された。

 それは直ちにコーチ陣及びステフに共有され、俺の現在地と境遇が判明し、対策会議が行われた。

 王家としてもチームとしても、デニス老公会およびその背後に存在するうっすらとした『デイエルフの感情』と真っ向対立するのは避けたい。何らかの声明を出すだけでもチームや国家に亀裂が!? と騒ぎになるだろう。まして、俺は幽閉されている訳ではなく、それなりの賓客として扱われているようである。

 そこでレスキューチームの派遣にいたったのである。救出チームのメンバーについては、そもそもトロール戦がデイエルフのみのスタメンになる段階で逆算的に決まった。ドーンエルフとナイトエルフの混成部隊を、本来は俺の護衛でもあった筈のステフが率いる形である。そこから適正や人数面で絞り込みがあり、結果として旅の仲間とほぼ同じ面子となった。

 一方、残ったチームの方だが例のデイエルフのみのスタメン、実は遠からず俺も試す予定だったのだ。本当はゴルルグ族戦で、だけど。

 デニス老公会の声を黙らせる為に負けても良いからデイエルフのみのチームで挑み、本当に負けてみよう! というプランを俺は考え、ナリンさんとシャマーさんには伝えていた。まあ実際にそんな気持ちでいる事がチームに伝わると良くないので、ナイトエルフを良く知るゴルルグ族にリストさんたちは相性が良くないから、とかゴルルグ族戦の次のハーピィー戦に何名かを温存したいから、等を表向きの理由にする予定ではあったが。

 そんなこんなで実は少し前から考えていたのと同じ形で、前倒しでデイエルフのみのスタメンが実現する事となり、それはそれでコーチ陣がトレーニングを重ねトロール戦へ挑んだ。しかも本気で勝つつもりで。と言うかポリンさんのインナーラップが決まって先制していれば別の展開になっていた可能性もある。

 いずれにせよ結果として競技チームは敗戦し、その裏で救出チームは出動していた。シャマーさんの転移魔法でルーク聖林に潜入し、彼もまた内通者であるコック、トンカさん――名前とノリで分かる通り、ツンカさんの父親である。懇親会にももちろん参加済み――の手引きで食堂に作戦本部を設置しデニス老公会の動向を観察。魔法の翻訳眼鏡が手元へ戻った事で俺の移動も感知出来るようになり、食堂で待ち伏せして合流、と相成ったのだ。

 いやあ、あのとき眼鏡をこっそり袖口に入れたのは正解だったな。と言うかこの眼鏡、居場所を探索されるの三回目じゃね!? そろそろGPS入れた方が良くね!?

「ショーキチさん、ちょっと良い?」

「あ、はい、どうぞー」

 物思いにふける俺に、部屋の外から声がかかった。俺は何度も役に立った眼鏡を机に置き、深い思考から現実へ戻ってその声の主を迎えに行った。


「夜遅くにごめん。まだ仕事してた?」

「いいえ、ぼーっとしてただけです」

 本当の事を言うと『ぼーっとしている時間』というのが指揮官には超重要なんだが、彼女を追い返すなんて考えられないし。

「こっちも仕事、じゃないんだよ。少し別のお話がしたくて」

 珍しくもじもじとしながらそう言ったのはバートさんだった。この度、デニス老公会とアローズの連絡員を就任なさった女性だ。

「仕事でも仕事じゃなくても、バートさんの為ならいつでもドアを開けますよ」

 俺はそう言いながら彼女に部屋へ入るように促し、散らかった書類や衣服を片づける。

「そんな事を言いつつここは俺の持ち物じゃないし、ドアも無いんですけどね」

 そう笑いながら彼女の方へ向き直ると、バートさんは左手で樹の内側を撫でた。すると樹皮がするすると伸び、入り口を完全に塞ぐ。

「ってドアの機能、あったんすね……」

 呆然と呟く俺に、バートさんは後ろ手に持ったものを取り出して言った。

「じゃん! 飲み直し、しよ!」

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