第384話

 チームが俺不在で試合を行ったのは、実はこれが初めてではない。練習試合ではあるが、俺が監督会議や選手ご家族との懇親会などで立ち会わなかった機会は何度かあるのだ。

 そういった場合も今回の様に何かの媒体で指示を残し、コーチ陣に託すようにしてきた。実際、それを見ているからパリスさんはバレないと思って偽の指示書をそのまま渡したのであろう。

 問題はその中身だ。

「あの手紙は偽物、俺の本意ではないと一発でバレてました。理由は三つ。一つ。俺はたたメンバーの名前を書き連ねるような指示書は残しません。各局面においてどう変更するか、誰を注意するか等を添付します。もちろん、それを目にするのはコーチ陣だけで選手は知りませんが」

 システムというのはスタート時の配置に過ぎない、という言い方がある。実際はそれぞれの局面で変わっていくからだ。だが多くの観客が試合開始前または試合後のスタッツなどで目にするのはその配置だけなのだ。どのように微調整し変化していたか? などはマニアでなければ気にもしていない。

 だからデニス老公会のお爺さま達も――残念ながらパリスさんも。もうちょっと戦術理解度を上げて欲しいな――あんな手紙で充分だと思ってしまったのだろう。監督の仕事ってただ選手を並べて送り出すだけじゃないんだよ? もちろん、試合が始まったら動かないタイプもいるけど。

「二つ。俺はある理由でトロール戦ではムルトさんを外す予定でした。それはコーチ陣にもキャプテンにも伝えてあります。なのにあの書では入っていました。みんな疑問に思ったことでしょう」

「ちなみにムルトはア・クリスタルスタンド増産の手配で大忙しー。まあ『こちらの方が良いですわ!』って言ってたけどねー」

 俺の言葉にシャマーさんが続く。実はある理由、とはそれではない。ムルトさんはチームが敗戦しセンシャをやる羽目になったら選手を辞める約束をしている。『そんな破廉恥な事はしたくない』からだそうだ。

 そして俺は、トロール戦は負ける可能性が高いのであの会計士をメンバーから外すつもりだった。メンバーにいなければセンシャには参加しなくて良いし。

 まあそれら、つまりセンシャしたら辞める約束とか試合前から負けると思っていた事などは秘密にしておきたいので、ここは増産の手配をしてたとい方面へミスディレクションしておこう。

 ともかく。指示書にはいたムルトさんが実際にはいなかった事で、俺はコーチ陣が俺の異常な状況に気づき、かつ本来の意図に従ってくれた事に確信を持てた。

「三つ。そもそも……」

「ウチが起用できる時にショーキチ兄さんがウチを使わへん訳ないやん!」

 急にレイさんが割り込み、俺の腕にしがみついてきた!

「いや、そっちじゃなくて! てか近いですって!」

「だって久しぶりなんやもん! なあ、後で『して』?」

 レイさんは衆人環視の中だが遠慮無く、熱っぽく俺の耳元で囁く。

「すまん、さっきからその『ショーキチ兄さん』とは何だ? お主達は兄妹なのか?」

 彼女に抱きつかれている俺よりも赤い顔をしつつ、ジャバさんが割って入った。

「いいえ、兄妹じゃなくてですね。俺、そもそも家族もういないし」

 エルフの皆さんに関西弁的なニュアンスでの『にいさん』をどう説明したものか……と悩む俺に代わり、レイさんが笑顔で言った。

「うん、ちゃうで。ウチらはめおとになって、新しい家族を築く予定やねん」

「「めおと!」」

 デニス老公会の皆さんが一斉に興奮状態になる。特にウォジーが激しかった。

「嘘だ……」

「ええ、違いまして……」

「嘘だうそだうそだ……うわー!」

 ウォジーはそう叫び、顔を覆って走り出し部屋の外へ消えた。

「あれ? ウォジーさん?」

「ああ、あれはたぶんレイちゃんの『ガチ恋勢』ってやつだぴよ」

 一番外側にいて外を見易いスワッグが羽根を振って見送りながら言った。

「『ガチ恋勢』?」

「アイドルや選手のファンの中でも本当に対象と恋仲とか結婚相手になれないか? と希望を抱くタイプっす。一般的にはファンとアイドルらは擬似恋愛状態に過ぎず対象が結婚した時は祝福する事が多いのですが、ガチ恋勢はその事実を受け入れられず裏切られたと思い、グッズを叩き割ったり苦しみから産まれた名言を披露したりするのが有名っす」

 お、おう……そうか。

「拙者には分からない世界でござる。イケメンの横にはイケメンが並ぶべき、そこに拙者の居場所はないでござる」

 クエンさんがまた分かり易く解説し、リストさんは良く分からない見解を述べてくれた。

「な? アタシもそう言ってただろ?」

 ステフが、レイさんがついているのと反対側の俺の肩に肘を載せながら話に加わる。

「こいつら100歳越えてもずっとドーテイだからなあ。こじらせているんだよ。アラハンドーテイ、下手するとアラサウドーテイだしな!」

「アラハン……えっ!?」

 確かにジャバさんは『今でも修行僧の様な生活を過ごしている』と聞いているが、阿羅漢じゃななくてアラハン……もしくはアラサウなんとかなの!?

「みなさん、本当?」

 それを聞いた俺は驚き、残ったデニス老公会を見渡す。だがその台詞を誰も否定せず、清い身の老エルフ達はただ顔を更に赤くするのであった……。


第21章:完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る