第386話
バートさんが取り出したのはお酒が入っているらしい、瓶とコップ二つのセットだった。
「あ、トンカさんの食堂の……とは別の?」
「うん、アレはもう駄目になったからさ。でも別のもあるの!」
彼女はなるべくさり気なくそう言って椅子に座ったが、そこは俺も気にしている部分だった。
「あ、薬が入ったからですよね? その件は済みませんでした」
あの時ステフはバートさんがボトルキープしている酒に、意識が朦朧とする薬を混ぜた。俺を助け出す為だ。あの時点では彼女らにはバートさんの態度や立場が分からず、救出を妨げる見張りとみなし排除するしか術はなかったからである。
あるのだが、結果としてバートさんお気に入りの酒を台無しにしてしまった。デイエルフサッカードウ選手のレジェンド、デニス老公会の頭領のとっておきの酒を無駄にしたのだ。単純に金銭的被害だけで言ってもどれくらいなのだろうか……。
「いや、別に気にしなくても良いよ?」
「でも、何らかの形で弁償を……」
できればステフの財布からして欲しい所ではあるが、助けに来て貰ってそんな事は言えまい。
「要らないって! あ、じゃあ服が皺にならない様に何処かへかけてくれる?」
バートさんはそう言うと、立ち上がり服を――因みに彼女の服装はここまでずっと、初めて見た時と同じ上から被って穴に頭を通すワンピースだ――脱ぎだした。
「はい、かしこまり……」
俺はそう返事して彼女の後ろへ回り込み、コートを受け取るギャルソンさんよろしくバートさんの服を受け取り……。
「……ました」
言葉を失った。今までの服の下に現れた絶景に目を奪われたからだ。
「ちょっと薄着だけど飲んだら暑くなるからねー」
バートさんはそう言いながら椅子に座り、さっそく酒を注ぎ出す。しかし彼女の服装は『薄着』なんてものではなかった。
地球で言えばサテンのキャミソール、と言った所か。光沢を持った身体に張り付くタイプの布を、細い肩紐二本だけで支えている。その紐が食い込む肩付近はもちろん剥き出しで、筋肉質な肩まわりの下に美しい鎖骨と控えめな胸の谷間が鎮座している。
布に覆われている部分は飛ばして視線を下に向けると膝上10cmほどでそれは途切れ太股が剥き出しになっているが、すぐまた長いブーツで隠されている。ニーソックスに見紛うその靴は服と逆に黒一色で、しかしサイドに謎の隙間がありその間を紐が複雑に渡っていて網タイツの様にも見える。
ありのままに言うぜ……。数日、一緒に過ごした森ガールの極み、みたいなデイエルフさん脱いだらクラブにいそうな肉食系の格好をしていた。俺も自分で何を言っているか分からん。
「どうしたの? あ、服をかける所か! あら、こんな所にロッカーが?」
涎が落ちないように精神力を総動員している俺を見ていたバートさんが、部屋の中の異物に気づいた。
「ロッカー!?」
俺も気づいた。
「更衣室にあるようなロッカーだよね? あ、ショーキチさんが試合の時に着てる例の服を入れてるの? まだ入るスペースあるかなあ?」
バートさんはそう言いながら立ち上がり、その長方形の棚に近付く。
「いやいやいや! ええ、そこは無理です! こちらの机の上に広げておきますね!」
その存在ですっ、と冷静に戻れた。ロッカーへ近付くバートさんの背中で布が揺れ、臀部のラインがくっきりと分かったとしても、だ。
何故なら俺はこのロッカーとこの状況を経験している! だからロッカーの中に何が、いや誰がいるかを分かっている!
「ラインがくっきりと分かる……ええ!?」
臀部のラインは分かるが下着の線は見えない! つまりノーパン或いは紐!?
「え? ラインがどうしたの?」
「いいえ! DFラインの動きがくっきりと分かった方が、次のゴルルグ族戦には良いかな~と」
俺は適当な言葉を口走って誤魔化す。ぜんぜん、冷静に戻れていなかった。
「分かり難かったリスっト、いるんですよね~困る選手が」
リストさん、いるんですよね!?
「ガタガタ!」
ロッカーが頷くように揺れた。
「あれ? 今、ロッカー縦に動かなかった!?」
「きっ気のせいじゃないですかね~? あ、頂きましょう!」
俺がそう言って促すと、バートさんはやや首を傾げながらも瓶に手を伸ばす。今ので分かった、リストさんはロッカーの中にいる! つまりバートさんがとんでもなくセクシーな格好をし、そのセクシーな格好の下が更にとんでもないとしても、ここでそんな状況になったらリストさんにばっちり見られるということだ。これは良いストッパーだ。
「いつもなら叱る所ですけど、今日はサンキューです」
「え? ショーキチさんいつもは禁酒してるの!?」
バートさんが酒を注ぎ始めていた手を止めて聞いた。
「いや、そういう訳じゃないんです! 今日は飲むぞ! て」
しまった、リストさんだけにそっと囁くつもりの言葉がバートさんに聞かれた! エルフは耳が良いから困る!
「そうか、良いノリだね! じゃあかんぱーい!」
しかしバートさんはあっさりと俺の言い訳を信じた。エルフは根が素直だから助かる!
「はい、かんぱーい!」
俺は両者のグラスが満ちるのを待って、彼女と杯を打ち合わせた。
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