第253話
開幕戦の勝利に沸くホームスタジアムで選手と共にグランドを周回し、サポーターからの祝福を受けるのは最高の気分だった。これ以上の喜びを味わおうと思ったら……何かのタイトルを獲るしかないだろう。
「気の早い話だな、なしなし!」
「どうしました? ショーキチ殿?」
苦笑する俺を不思議がってナリンさんが尋ねてくる。俺は何でもありません、と首を振ってゴール裏サポーター前に整列する選手に並んだ。
『揃った? じゃあ……』
「あ、シャマーさん、待って下さい!」
例によって号令と共に頭を下げサポーターへ感謝を送ろうとするキャプテンを止め、俺はスタンドのサクラさんたちへ合図を送る。
「みんな、俺やサポーターの真似をして! と」
『みんな、ショーキチ殿と同じ動作を!』
俺は言いつつ両手を自分の前方やや斜め下に突き出し、ナリンさんが選手達に通訳するのを待つ。選手達がそれに従うのを見たサクラのリーダーが
『オオォォ……』
と低いうなり声を上げながら太鼓をゆっくりと叩き始めた。
『オイ! オイ! オイ!』
そしてリズム良く三回叩くのに併せて、下げていた腕を上に上げ同じく三度、引いて戻す……を全員で繰り返した。エアギターならぬエアアーチェリーである。
「おお、壮観!」
俺は自画自賛しながら呟く。少し滑稽な風景ではあるが何百人ものサポーターと同時にやると迫力と一体感があってなかなか良かった。
『うわ、気持ち良い! もう一回やって良い?』
『
楽しくなって前に出ておかわりを要求したらしいユイノさんへ、ティアさんが笑いながら何か言った。
「これもショーキチ殿の仕掛けでありますか?」
「ええ。地球では試合後にサポーターと勝利を祝う『儀式』みたいなものが色々ありましてね。アローズでやっても面白いかな? って」
確認するナリンさんの声も楽しげだ。ただ太鼓に併せて同じ動作をする、しかもエルフだから弓を放つポーズ……というのは陳腐で安直だったかもしれない。だが集団を良い方向へ向けるにはこういうシンプルなヤツの方が良いし、実際にみんな喜んでくれている。
『いやここは今日のプレイヤー・オブ・ザ・マッチ、レイ選手にお願いしましょー!』
『え? ほんまに!? うわっ高っ!』
いつの間にかゴール裏へ来ていたノゾノゾさんが高らかに宣言しつつ、レイさんを担ぎ上げて軽く肩に乗せた。
「ハイリハイリフレハイリホー……」
『なにそれショーちゃん? 地球の呪文?』
巨人と少女、という図を見て思わずネットで見た昔のCMソングを口ずさむ俺にシャマーさんが何事か話しかけてくる。呪文にでも聞こえたのかもしれない。俺はナリンさんの通訳で説明しようとしてどうしたものかと悩んだ。
『ほな、いくでー! とみせかけていかへんのかい!』
一方、ノゾノゾさんの肩の上ではレイさんがさっきの儀式をサポーター達ともう一度やる、とみせかけてやらないというフェイントを繰り出していた。たった一度、見ただけででもうボケをやるとはさすが関西弁のファンタジスタだ。
『オイ! オイ! オイ!』
とはいえ最後にはやはり、全員で弓を放ちゴール裏は拍手と歓声に包まれた。なんとなくそれで有耶無耶にして俺たちはコンコースへ向かった。
「みんなおめでとう! 素晴らしい勝利だった! 選手全員がMVPで違いないけど、今日の勝利の産みの親は最初の三得点のセットプレー、それを構築し指導してくれたナリンさんとニャイアーコーチだと思う。なので締めの言葉はこのお二人で!」
ロッカールーム入室のゴーサインが出て中へ入った俺は、開口一番に二人のコーチを前へ押し出した。本心半分、また何か仕掛けられたらかなわんので後ろへ下がりたい気持ち半分、である。
「おっと、そうきたか。まあいいさ。お褒めに与り光栄至極。だがGKの立場から言わせて貰えれば、練習試合も含めてここまでまだ一度も
「「おう!」」
咄嗟にコメントを求められたニャイアーコーチだったが、流石は王者フェリダエチームから来たイケメン猫。ビシっと決めてくれた。まあGKコーチとして無失点が無いのは確かに気になるだろうし、次は猫の宿敵の犬――ジョークで言っているのではない。最強のフェリダエチームだが、ガンス族だけはやけに苦手意識があってか対戦成績が良くない――だ。気を引き締めるのも当然だろう。
「みなさん、よく集中して戦いました! 準備してきたものがしっかり出せましたね! 次もそれで行きましょう」
次はナリンさんだ。冷静な参謀らしく淡々とまとめる。
「ところで準備してきたものと言えば……無駄になってしまうモノがありますよね?」
が、そのナリンさんの美貌が怪しく歪んだ。微笑みの方向へ。
「え、そんなのありましたっけ……?」
嫌な予感がした俺はそう言いながらこっそりと部屋を出ようとする。しかしその両肩をザックコーチの逞しい腕が掴んだ。
「え?」
「じゃじゃーん! パパになるかもしれないショーちゃんの為に準備していた、樽いっぱいのミルクでーす!」
シャマーさんが楽しそうに言って指さした先ではクエンさんとボナザさんが、なみなみと白い液体を湛えた大きな樽を抱えて微笑んでいた。
「まさかそれを俺にかけようって訳じゃないですよね? あの時のお酒みたいに? いやもう初勝利のお祝いは既にして貰ったし……」
「そうだな。だがよ? お前もうオークとの間に
ティアさんがロックミュージシャンぽく赤ちゃんを巻き舌で言った。なんやねん急に格好良いやないけ!
「ザックコーチ! ミルクをそんな事使うのはミノタウロスにとって……」
「とっても名誉だな。我が牧場のミルクが、監督の勝利祝いに使われるとは」
ザックコーチは万力の様に俺の肩をホールドしたまま嬉しそうに頷いた。ちょっと待って、このミルク『提供:ザック牧場』なの!?
「じゃあ、そういう事で……」
クエンさんボナザさんが樽を頭上に抱えて近寄る。
「待って、このあと記者会見が……」
「「監督、リーグ戦初勝利、おめでとー!」」
俺の頭頂部へ、そして全身へ、白い液体が滝のように降り注いだ。
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